たちは行方不明になった皇女を探していた。
「匂うなぁ・・・・・・・」
「うむ・・・・・・・・・・・いやな風だ」
"我はこんなに悪寒というものを感じたことはないぞ"
"十二神将騰蛇の血は黄泉の扉を開く鍵となりうる"
の頭の中でそんな言葉が響いた。
軽く額を押さえるようにした立ち止まったを式神は怪訝そうに見た。
「大丈夫・・・・・・・・」
どうか、と願わずにはいられないのだ。
騰蛇も昌浩も何もなく、誰も傷つかないで欲しい。
そんなふうに考え込んでいたの肌を生ぬるい風が触れていった。
はっとして顔を上げれば、そこは暗闇。傍らにいたはずの式神がいない。
「螢斗、翡乃斗?!」
式神の名を呼んで歩き回るだが、いっこうにその気配はない。
不安が押し寄せてきた。
騰蛇だけじゃない。もしかして二人ともが・・・・・・・
「そこでなにをしている」
そんな声が聞こえた。
は声に顔をあげる。
「月読・・・・よかった、あのね螢斗たちが・・・・」
「また人界に降りていたのか。私も兄上も許してはいない」
「えっ・・・・・・?」
月読の視線はを通り越して別の者にむいているようだ。
その視線の先を追ったの瞳に美しい紅の髪と青磁色の瞳を持った女の姿が映った。
「神と妖狐とは相容れない。忘れるな、輝津薙」
「・・・・・・はい、兄上」
「輝津薙・・・・・・軻遇突智命・・・・?」
それは創世神話の中に出てくる神だ。
生れ落ちた時、母イザナミを殺し、父であるイザナギに殺された炎を司る神である。
「あの、兄上・・・・あの子は・・・・・・・」
「心配ない。閻羅王が責任を持って育てるそうだ」
「よかった・・・・・・・・・・」
女はホッとした様子である。
月読はほんの少しだけ悲しげに顔を曇らせた。
「輝津薙・・・・・・」
「兄上のせいではないはずでしょう?これは私と氷珱が選んだ道・・・・・・・それでは兄上、お元気で」
「・・・・・輝津薙」
「はい」
「私も天照兄上も・・・・・・お前のことをずっと愛しているよ。妹としてじゃなく」
「・・・・・・・・知っています」
輝津薙は小さく微笑んでうなずいた。月読も小さく微笑んだ。
二人の姿が薄くなっていく。
は完全に姿が消えたあともその場から動けなかった。
「あの声・・・・・・・聞いたことがある・・・・・・・」
ごく最近。しょっちゅう。
「なんで・・・・・・」
首を傾げるしかないに神気の爆発と血のにおいが感じられた。
はっとして走り出す。狼の遠吠えが彼女を呼んでいた。
こんなときに力があれば、もっと早く走れるほどの力が。風に乗って早く走れたら・・・・・・
ふわっとの足が滑り出した。導かれるようにして、血の匂いを辿る。
「・・・・・・・・・・・騰蛇」
は呆然として呟いた。
昌浩が倒れている。その体からは細く血が赤い川のように流れ出している。
まるであの夢のように・・・・・
「いや・・・・・・昌浩ぉぉぉぉ!」
昌浩に駆け寄ろうとするの四肢を神気が切り裂いた。思わず腕で顔をかばったの耳に声が聞こえた。低い、好きだと思ったあの声が・・・・
「」
「・・・・騰・・・・・・・蛇」
騰蛇が立っていた。その額に金冠はない。
笑みが浮かんでいた。しかしそれはどこかが歪んでいる。
何故だろう。何故こんなにも怖いのだろう。恐ろしいのだろう。怖くないと思ったのに。一番初めに出会ったあのときから、怖くなんてないと思ったのに。
「古き神の血を引く娘。お前の血が封印を破る。禁じられた血の交わり。お前は・・・・」
「騰蛇ぁぁぁぁぁ!」
に伸ばされた騰蛇の腕に螢斗が噛み付いた。
紅の霧が起こる。騰蛇は僅かに顔をゆがめただけだ。
螢斗は口を離すとの前に降り立つ。その瞳は怒りに燃えていた。
"貴様・・・・・・神将の理を忘れたか!屍鬼に飲み込まれ、神将としての誇りを忘れたか!!"
「螢斗・・・・・どういうこと・・・・・」
「こいつは騰蛇ではない。縛魂の術をかけられ、傀儡と化した屍鬼だ」
螢斗と翡乃斗の言葉はには聞こえていなかった。
「騰蛇・・・・・・・なんで、信じていたのに・・・・」
お前ならばその手で昌浩を殺めることはないだろう、と。ただそう切実に願っていたのに。
「何故・・・・・・・・・・何故だぁぁぁぁぁ!!」
の体から妖気と神気が噴出した。
その場にいた誰もが動きを止める。異変を感じたのか離魂術を使ってやってきた晴明、朱雀、天一も然り。
紅と銀の混じりあった髪が風にあおられ踊る。青磁色の瞳が激しい怒りを宿していた。
の手にしていた狭霧丸が主の怒りに呼応するようにして輝く。
「いけない!」
翡乃斗が止める間も無く、の剣先が騰蛇の胸を掻き切っていた。血がの顔にかかる。
螢斗たちが慌てて人の姿に立ち戻り、を背後から抑える。翡乃斗が騰蛇の攻撃を受け流す。
「放せっ!あいつを殺さないと気がすまない!!」
「ばかがっ。人間のお前でなにができる」
「人間・・・・・・・・・?貴様、私を見くびっているのか」
強い、あまりにも強いその眼光に一瞬螢斗はひるんだが、なんとか恐怖をこらえそれでも真っ直ぐにを見た。
「お前はまだ完全じゃないはずだ。その体のまま戦えば、すべてが崩壊するぞ」
「随分と入れ込んでいるのだな、この女に・・・・・・」
「お前には関係ないはずだ、 」
最後の名前の部分は聞き取れなかった。が、は小さく笑うと途端糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
螢斗が結界を張り、その中に翡乃斗も避難してくる。
天津神の二人組みの結界に騰蛇は手も足も出ない。仕方なしに、昌浩のほうを向いて片手をあげた。
二人の顔色がさっと変わる。
「昌浩っ!」
二人の声が重なったそのときに、紅蓮の炎があたりを焼いた。
誰よりも悲しそうな顔をしていたあなただったから、声をかけずにはいられなかった。
小さな赤子を見て笑うその横顔が何よりもきれいだと思った。
大きな手で優しく頭を撫でてくれるその感じが好きだった。
誰よりも信頼していたあなた。でもなんで?
なんで、振り切ってくれなかったの?
過去の呪縛を、過去の過ちを。
あなたは昌浩に会って変わったと言っていたのに。
あなたはもっと傷ついてしまった・・・・・・
・・・・騰蛇・・・・
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