は瘴気に悩まされていた。
帝を呪ったものがいるせいで、休暇返上で出仕である。しかもありがたくないことに、瘴気や呪いに関しては小野家の姫のほうがよいと噂が立っている(らしい)ため、橘ではなく小野として出仕していた。
ちなみにとして出仕しているのは螢斗である。逃げようとする彼をは問答無用で捕まえ、自分の姿に変えた。
「うわぁ・・・・・・もやってる」
「確かに」
肩に乗った翡乃斗が呟く。
「嬉しくないお仕事だよね」
「北辰か・・・・・・・あれは小野篁もそうだったか。北斗七星最後の星、凶星破軍。だが破軍にはその星を守る六つの星がある」
「翡乃斗良く知っているね」
「なにせ、天地開闢のころから生きている神だからな」
翡乃斗はそう言って軽くのどの奥で笑った。
「だが・・・・・破軍は己の周りにあるもの全てを巻き込んで、狂わせて行くこともある。現に篁のときはそうだった。あれは一時的に鬼に堕ちていたぞ」
とまぁ何故か講義をし始める翡乃斗である。
は軽くそれを流すと呪詛の元を探してうろちょろする。しかし一行に見つからない。
多くの女御、女房が倒れた。は一人ひとりから瘴気を取り除いているせいか、いささか顔色が悪い。
翡乃斗はそれに気がつくと渋い顔をした。
「・・・・・」
「大丈夫よ。帰ったら一刻ほど休むから」
「一刻・・・・」
全然休んでいないだろう、と翡乃斗は呆れる。ふと感じ慣れた気配に顔を上げれば、緋乃がひざまずいていた。
「様より。一時安部邸に戻るように、とのこと。彰子姫がお倒れになられました」
「彰子が?」
「はい。恐らく・・・・今回の呪詛は帝とその周りにいる女御たちを狙ったものと思われます。彰子姫は元々入内するはずだったお方。何らかの影響を受けてもおかしくはないでしょう」
「そうね・・・・・」
彰子がこの呪詛を受けて倒れたというのならば急いで助けなければいけない。窮奇に受けた呪詛は完全に取り除くことはできなかったのだから。
「すぐに戻るわ。それと、緋乃。頼みごとしても平気?」
「はい」
「いくつか都に瘴穴が穿たれているわ。晴明にのことだから気がついているとは思うの。あなたたちで瘴穴をふさいでちょうだい」
「かしこまりました」
緋乃の姿が消える。と翡乃斗は顔を見合わせてうなずくときびすを返した。
途中昌浩に出会う。
「・・・・・・・・失せものの相・・・・・・・・・」
「も言うの・・・・」
昌浩はいささかげんなりとした様子である。
どうやら同じことを何人かから言われているようだ。
は軽く昌浩の頭を叩くと安部邸にむかって駆け出した。その肩に翡乃斗の姿はない。
螢斗に退出したことを伝えに行っているのだ。
「、彰子は?!」
「・・・・」
「呪詛の影響を受けているならなんとかでき・・・?!」
前にかしいだの体を神将が受け止めた。
「青龍・・・・・・・・」
「晴明がまずはその体の中の瘴気をどうにかしろと言っているが」
「それよりも彰子は?!」
「彰子姫ならご無事ですわ。、あなたもその瘴気をなんとかしなければ・・・・・・・・・神将の言うとおりでしょう?」
「うっ・・・・・・・」
は仕方なしに瘴気の浄化を行った。その間に昌浩も帰ってくる。
は清水を体にかけながら体内で荒れ狂う力と戦っていた。近頃力がついてきたと思っていた。しかしその力は到底の手には負えないものである。
「・・・・・・・・・・・・・」
は目をふせた。
螢斗と翡乃斗は貴船にいた。
「久しいなどと和んでいる場合ではないようだな」
"無論。道反の守護妖、なんのようだ"
二人の前にいる大蜘蛛と大百足は言った。
『汝らが主の力借り受けたい』
ぴくりと二人の眉が動いたのを高於は見逃さなかった。
逃げようとした矢先、二人から無言の抗議の視線が刺さる。
"何故我らが主のことを知っている"
螢斗の声はそれだけでも人を確実に殺せそうなほどとげとげしい。
「高於に聞いた」
"ほぅ・・・・・・・・・"
闇夜に光る金色の瞳が高於を映し出した。
「高於・・・・」
相当怒っているらしいの式神たちの全身から怒りのオーラが発せられている。
「お前たちの主ならば二言なく引き受けると思うが?」
「いや、面倒くさがる」
"確実にな"
二人はそう断言した。確かにならば即答で拒否するだろう。
特に蜘蛛がいるのだから・・・・・しかも一度取り逃がした蜘蛛だと知ったら話を聞く前に刀を抜く。
「まぁ聞いてみないことに変わりはないだろう」
高於がぱちんと軽快に指を鳴らすと簡素な服を着たが姿を見せた。
きょとんとして自分がどうしてここにいるのか理解しようとしているのがわかる。
「・・・・・・・あれ?」
高於と式神たち、それに巨大な蜘蛛と百足がいるのに気がつくと飛び上がる。
「なんで、私はここにいるのっ?!」
「高於に呼ばれた」
「高於!」
「悪い」
「いや、悪いじゃないって!」
はそうつっこみつつ、自分を見る蜘蛛と百足に気がついた。
ぴしっと音を立てては固まる。翡乃斗がやはりといった様子で嘆息する。
「、我らが古い知己で道反の守護妖である蜘蛛と百足だ。ちなみにあと鴉と蜥蜴がいたと思う」
『小野。古き神の血を引く娘よ、汝が力を借り受けたい』
「古き神・・・・?」
の整った柳眉が動く。螢斗が守護妖に意味ありげな視線を送ったのには気がつかない。
『黄泉の封印が解かれようとしている。封印が解かれれば、黄泉の軍勢が地上を滅ぼしつくす』
「黄泉の軍勢・・・・・・・」
『力を貸してもらえないか』
「・・・・・・・・・・・・・・わかった。貸そう」
はうなずく。高於はほら見ろ、と言わんばかりの表情で式神を見た。
二匹とも不満げな様子である。はそれを見ると苦笑した。
「黄泉の軍勢が来たら冥府もてんてこまいだよ。そうなる前に片付けたほうがいいだろう?」
"それはそうだが・・・・・・・・"
「それにいやな予感もするんだ。何も起きずに事が終ればいいと思っている」
「・・・・・・・」
「道反の守護妖、お前たちの頼み引き受けた。私もできる限りのことをしよう」
『それともう一つある・・・・・・』
守護妖たちの話を聞いたの顔色が眼に見えて変わったのはそのしばらくあとのことであった。
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