視界の中は真っ赤に染まっていた。
「なにこれ・・・・・・・」
ふと足元を見れば、ちょろちょろと赤い川が流れてきていた。その流れを目で追っては声にならない悲鳴をあげた。
一人の少年が血溜まりの中にうつぶせに倒れていた。小さな紅の川は少年の体から流れているものだ。
「昌浩ッ!」
倒れる昌浩に駆け寄ろうとするが、足はの意に反して動こうとはしない。
こうしているあいだにも昌浩の体が着実に死へと向かっているのに。いや、もう既に向かってしまった後なのかもしれない。
「そんな・・・・・・・・昌浩ぉぉぉ!!」
叫ぶの前に一人の青年が立った。
「」
「騰蛇・・・よかった、ねぇ昌浩を助けて!」
「いやだ」
「えっ・・・・・・」
は騰蛇を見上げ、そして愕然とした。彼の、額を飾るはずの金冠がない。それに彼がまとう雰囲気もいつもと違っているように見える。
「騰・・・・・・・・蛇?」
「俺が手に入れたいのはお前のほうだ・・・・・・」
そう騰蛇が言ったかと思うと、唇同士が重なった。
「んぅ・・・・?!」
舌が絡まりあう。の頭は酸素不足を訴えてきた。
意識が落ちていくが最後に聞いたのは低いささやきだった。
「待っていろ、すぐに迎えに・・・・・」
"!!"
は誰かの叫びに飛び起きた。
全身が嫌な汗で濡れている。螢斗が心配そうにをのぞきこんでいた。翡乃斗ものひざに座り、心配そうに首をかしげている。
「大丈夫か、大分うなされていたぞ」
「・・・・・・・」
"夢を見たのか?"
「・・・・・・・・・・・・血、破壊、死、喪失・・・・・あの夢からはそんな印象を受けた」
"さっぱりだな"
「あぁ。繋がっているといえば言葉の印象ぐらいか・・・・・悪いものだ」
二匹はそう言いあった。
は、ふらつきながらも褥から出る。
"、体調が悪いのに・・・・・・"
「夜風に当たってくる・・・・大丈夫、風神なんか呼ばないから」
はそう言うと部屋を出て行ってしまった。心なしか足取りが重たい。
よろよろと歩くは誰かにぶつかった。
「・・・・・・・・なにをしている」
「・・・・・・・・・十二神将・・・・」
勾陳と六合、青龍に天后、太裳に白虎と言ったなんとも珍しい組み合わせの六人はの顔色がひどく悪いことに気がつく。
太裳がすぐさまに駆け寄った。
「何かあったのですか・・・・」
「・・・・たいじょ・・・」
ぼろぼろと涙をこぼし始めたに誰もがぎょっとする。
幼い子供のようには太裳に飛びついて泣き始めた。
「大丈夫です、大丈夫ですから落ち着いて・・・・・」
「騰蛇が・・・・騰蛇がっ」
「騰蛇がどうかしたのか」
「血濡れの神将・・・・誰にも止められないっっ!」
「・・・?」
いぶかしげな声が一同の背後から聞こえてきた。瞬時に青龍と天后の姿が消える。
そこにいたのは騰蛇だった。今は物の怪となっている本当は恐ろしい神将。
太裳の腕の中ではビクンッと震えた。
「騰・・・・蛇」
「どうした、。顔色が・・・」
のほうへ白い物の怪は寄って来た。
は強く太裳にしがみつく。太裳はそれを感じると一陣の風とともに姿を消した。無論も一緒にだ。
物の怪は不思議そうに勾陳と六合を見た。応じたのは勾陳だった。
「どうやら嫌われているようだな」
「なにかあったのか」
「私たちもそれを聞こうとしたらお前がやって来て、が脅えたんだろう」
「俺のせいか」
「さぁどうだろうな・・・・だが、に何かあったのは確かだ」
騰蛇を恐れることのなかった稀有な子供が今、あれほどまでに脅えるほどのなにかが・・・・・
太裳は未だ震え続けているを抱き締めていた。
場所は安部邸から距離を置いた荒れ果てた貴族の邸。
「、なにかあったのですか」
「太裳は・・・・・騰蛇のことを嫌っていないのね」
「・・・・・・・・・・確かに晴明様を殺めかけたことはなんともいえませんが、騰蛇にも悪気はあったわけではないでしょう」
「・・・・・」
「あなたも恐れてはいなかった。むしろ笑顔で近づいて行った。私と青龍がどれだけあなたを引きとめようとしたことか・・・・・」
「うん・・・・・そうだったね」
「何故、今になってあれをそこまで恐れるのです」
「・・・・・・・・・夢をね、見たの・・・・」
は夢の中の出来事を太裳にはなした。
「怖いの・・・・・夢の中が鮮明で、まるで私がこれからその光景を見るかのようで」
恐ろしかった。あまりにも生々しい血の色が。匂いが。感触が。
そして血まみれになっている昌浩の姿が目を閉じれば瞼の裏によみがえって・・・・・・・・
体をビクリッと震わせたを太裳は強く、強く、その細いからだが折れそうになるまで抱きしめた。
「大丈夫・・・・絶対に。そんなことあるわけがないでしょう?」
「太裳・・・・でも、でももしも」
「、よくないことを口に出してしまったら本当になりますよ。昌浩様も騰蛇も仲がいいんだから」
「太裳・・・・・・・・・・」
太裳は涙目で見上げてきたの頭を優しく撫でた。
「一人で眠れないのなら私がそばにいますよ。明日も出仕しなければいけないのでしょう?」
「うん・・・・・」
「ほら、私にもたれてください。それとも邸に戻りますか?」
「ううん、しばらくこうしていたい・・・・・」
はそっと太裳に寄りかかった。太裳は優しくを包み込む。
優しい暖かさに包まれて、は眠りについた。あの夢を見ないくらい深い眠りへと・・・・・
「おやすみなさい、」
太裳の唇が軽くの唇に触れた。
誰よりも何よりも愛しい娘よ・・・・・どうかあなたに安らかな眠りが訪れんことを。
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