は死ぬ前とあまり変わらなかった。
だが唯一つだけ、夢を見なくなった。

「燎流様は夢を見ないのですか」
「そうだなぁ・・・・・・・まぁ見ないといえば見ないね」
「・・・・・・・・」
?」
「・・・・・・・・・なんでもありませんわ」

燎流は茶を注ぐをじっと見つめた。
少し悲しげな横顔をしている。

「夢を見たいのか?」
「・・・・・本音を言えば。でも私はもう冥府の人間ですから・・・・・現世のことには関われませんものね」
「・・・・・・・・・思い出くらいなら・・・・・・・そのぐらいならば私も手助けをしてやれるぞ?」
「本当に?」
「嘘を言っても私に利益はない」

の顔が嬉しそうに輝いた。
燎流はうなずく。

「今度の新月、もちろん人界でだが、眠ったとき私が夢を見させてあげるよ」
「ありがとうございます!」

は嬉しそうに笑って燎流の首に抱きついた。
燎流は苦笑して、の頭を軽く撫でる。
そして人界での新月の日。は緊張していた。死んでから一度も夢を見ず、寂しい思いをしていたのだが今、やっと見ることができるのだ。

、準備は?」
「大丈夫です」
「じゃぁ寝台に横になって」

寝台に横になると眼を閉じる。
燎流はの額に手を当てゆっくりと呪を紡ぎ始める。
の額から細い糸が出てくる。彼女の魂だ。
の魂はゆっくりとどこかへ吸い込まれるかのように消えていく。燎流はそれを見送った。


誰かの笑い声には目を開けた。
地上を見下ろせば、懐かしい生家が見える。

『あれは・・・・・・』

幼い少女と夫婦が庭で遊んでいた。
昔のだ。

『父様、母様・・・・・・』

ゆっくりと庭に降りていく。やがて少女の笑い声が聞こえてきた。

「父様、神将は?」
「ん?神将たちならば一条戻り橋の袂にいるぞ。会いに行くか?」
「うん!」

と父である晴明は戻り橋のところへやってきた。

「紅蓮―っ!」

子供のは嬉しそうに橋の袂へとかけていく。ふっと青年が姿を見せた。


「紅蓮っ!」

は長身の青年に飛びついて、彼に抱き上げられる。

「どうした、
「えへへへ・・・・・・紅蓮、大好き!」
「ん」

は紅蓮の首に抱きついて、頬を摺り寄せる。ほかの神将たちが彼女と紅蓮を微笑ましそうに見ていた。

「あっ太裳」
「どうしました?」
「あのね、弓がちょっとだけできるようになったんだよ」

紅蓮に抱かれたのそばに太裳がよっていく。その顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

「それはそれは・・・・・今度見せてくださいね」
「うん!!」

あぁ、とは思った。そうだ、十二神将たちは私を可愛がってくれた。
そして・・・・・・私は・・・・・・・・

っ!」

晴明の声が響く。は褥に横たわっていた。

『・・・・・・・・・』

はじっと自分を見下ろしていた。そして背後を見る。十二神将たちが驚いた顔をして自分を見ていた。正確には褥の上で死に掛けている自分だ。
天狐の血が目覚めてからというものは衰えていった。天狐の力に体がついていかないのだ。

「父様・・・・・・お願いがあります」
「なんだ」

耳を寄せる晴明には囁いた。晴明の目が丸くなる。晴明は悲しそうに目をふせた。
は涙をこぼした。自らが言ったことは晴明にとって辛いものだったのだろう。



"私のことを知っている者達すべてから私を消してください"



晴明はが死んだあとその願いをかなえた。だが・・・・・・・・・・・

・・・・・」

は悲しげな晴明の声音にはっとした。

「私はお前を忘れることができないのだよ・・・・・私だけがお前のことを覚えている。これほど辛いことはないのに・・・・・・・」
『父様・・・・・・・・・・』

ごめんなさい、と何度も謝る。
その声が二度と聞こえることはないと知りながらもなお、は謝らずにはいられなかった。
ゆっくりと目の前の景色が薄れていく。目覚めの時間だ。
優しい手が頬を撫でる感触には目を開けた。燎流が心配そうな顔をしてを見ている。

「燎流様・・・・・・」
、気分は?」
「大丈夫ですわ・・・・・」

額に手を当てて上半身を起こしたを支える。顔色がいささか悪い。

、いい夢じゃなかったんだね」
「・・・・・私のせいで父様を悲しませてしまった・・・・・・・私が記憶を消してくれと頼んでしまったから・・・・・・」
「記憶は・・・・・・・記憶は人が存在していた証になる。記憶を消してしまえばもうその人の存在は消えてしまう。それに・・・・ただ一人だけが知っているというのも辛いことなんだよ。誰とも楽しかった日々のことを話せない。誰も知らないからね」

燎流はそっとに口付けた。

、いずれかけた術は解かれる。ゆっくりと時を待てばいい。君にとっては辛いことになるだろうけど、でも・・・・・私がそばにいるから」
「燎流様・・・・・」
「もう一眠りするといい。おやすみ、今度はいい夢を」

ゆっくりとの意識は闇の中へと沈んで行った。燎流は切なそうにの寝顔を見つめたのであった。
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