「・・・・・・・そう、若菜さんが」
「あぁ」
「・・・・・・・・ごめんね、私の我侭を聞いてくれて」
「いや、からもきたから」
本当は昌浩は死ぬはずだったのだ。だが、をはじめとして、そして篁、境界の川辺にいる女性―安倍若菜―から頼まれたのだ。
昌浩を死なせないでほしい、と。
彼らに頼まれては何もいえなかった。燎琉はひとつの条件を出し、篁にそれを伝えた。篁はそれを若菜に伝えた。
若菜もそれで了承し、昌浩は一命を取り留めた。かろうじて、だ。
だが・・・・・・そのひとつの条件というものが問題だった。
「なんで・・・・・・・でもなんでかれの眼なの?!なんで!!」
「命の次に大切にしているものがどうしても必要だったからだ」
「・・・・・・・・・・信じられないよ」
「だがそうしなければいけなかったのだ」
はギュっと唇を噛み締めた。
「・・・・・・・・父上が呼んでいますわ」
「わかった」
はと入れ違いになるようにして冥府から出て行った。は切なそうに顔を曇らせる。
「・・・・・・・」
優しく頬に手をかけられるとは涙をこぼす。
「ごめんなさい・・・・・」
「いいんだよ」
は一度規則を破ったのである。
決して境の川べりに行ってはいけない。それは冥府の一族として生きると決めたに課せられた罰。
そこにはお前の母親がいる。絶対に会ってはいけない。
でもはあのとき、昌浩が自らの命を騰蛇に与え冥府へ下ってきた時、昌浩を思うあまり川べりに行ってしまったのだ。
そこで見たのは懐かしい母の姿。昌浩が去って行ったあと、彼女は思わず叫んでいた。
"母様!"と。声が聞こえたのかは分からない。彼女はそのあとすぐ篁とによってここに連れ戻されたのだから。
の代わりに罰を請け負ったのはだ。彼女はその背にいくつもの傷を刻んだ。今度は天津神でも治せない様な傷を。
「私のせいでは・・・・」
「・・・・・・・あれでも父上は減らしたほうだ。そのままでいったらは確実に冥府にきていたよ」
「私はどうしたら・・・・・・・」
「、いっておいで」
燎琉の優しい言葉には顔をあげた。優しい、どこまでもを包み込むような微笑がそこにはあった。
「か・・・・・がる、様」
「心配なのだろう、あの小さな陰陽師のことが」
「でも私は規則を破りました。もう上にいく資格など・・・・・」
「行っていいんだよ。ここにいるとキミは悲しい顔をするだろう。私はそんな顔を見たくない・・・・・・・・離れていても心はここにあるのだろう?」
「・・・・・・・・・・燎琉様・・・・・・・」
「行っておいで、」
はぎゅっと目をつぶると燎琉に抱きついた。燎琉は苦笑しながらの髪を撫でる。
「ありがとうございます、燎琉様・・・・・・」
「愛する妻のためだからね。行ってらっしゃい」
軽く口付けあう。
「緋乃、弓狩、そういうわけだからまたよろしくね」
無言の首肯が返って来た。二人とも既に慣れている。というかむしろ退屈していたところだからちょうどいい。
はもう一度強く抱きついて微笑んだ。
「行って来ます」
「うん」
と禁鬼の気配が冥府から消えた。
ゆっくりと新しい物語の頁が開かれようとしていた。
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