!!」
「父・・・・・様・・・・・母・・・・・様・・・・・」

安倍家の邸の中で悲痛な声が聞こえていた。

「・・・・・・神将・・・・・」

人ならざるものの気配がする。
いつもは怯える母も今は娘のことを案じていた。
床についた娘はやせ細り、明るく笑っていたあの頃の面影が消えている。

「・・・・・・・は・・・・・・お二人の幸せを願っております・・・・・・・いつまでも」

少しずつ娘の声はか細くなっていく。
両親は必死で娘の気を引こうとしたが、二度と娘はしゃべらなかった。
母親が泣き崩れる。そばの化生たちも絶句していた。


冥府、閻羅王太子燎流は強い力を感じて立ち上がった。
ちょうどそこへ来た弟の陸幹が首をかしげて彼を見る。

「どうかしたんですか、兄上」
「少し篁の元へ行ってくるよ」

そう言うと彼は冥府と現世の境界の川へ向かう。
案の定、そこには小さくうずくまった子供が泣いていた。

「・・・・・・・・・どうかしたかい?」

子供が顔をあげた。燎流とその子供の視線が交差する。

「父様たちを悲しませた・・・・・・・私は・・・・・・」
「・・・・・驚いた・・・・・・篁に匹敵するほどの力を持ってる・・・・・・・・しかも女の子・・・・・」

燎流はしばらく考えてから、彼女の頭に手を置いた。
少女は燎流を涙目で見上げる。

「私と一緒においで。君の父上たちを見守らせてあげよう」
「ほんと・・・・・?」
「あぁ、本当だ」
「・・・・・・うん」

少女は一瞬の逡巡ののち、うなずいた。燎流は少女の体を抱き上げる。
少女の記憶はそこで途切れる。


一人の少女が道の端で詠っていた。悲しげな歌を。
彼女の声に導かれるようにして人外の化生たちが少女の周りに集まってくる。
しかし少女の周りには結界が張られているようで彼らはそれ以上は近づけなかった。
見える者が見れば、少女の足元に二匹の獣が腹ばいになり、少女の歌に耳を傾けている様子が見えただろう。
そこにいる化生たちは少女の異常な力を狙ってやって来ていた。足元の獣は少女を守護するためにいた。

一人の青年がちょうどそこを通りかかった。供の者をつけていない貴族の青年だった。化生たちはこれ幸いとばかりに青年を襲う。
少女はそれに気がつくと足元に眼を落とした。二匹の獣が青年の前に走りこみ、吼える。途端化生たちは粉々に崩れ去った。
少女は力尽きたようにその場に倒れこんだ。青年が駆け寄って少女を抱き起こすと高い熱があった。
顔をあげるとそこには巨大な邸。どうやら少女はその邸の住人らしい。
しかし邸は誰かが住んでいるような気配はしなかった。
仕方無しに青年は自分の邸へ少女を連れて行き、介抱してやった。やがてしばらくしてから少女は目覚めた。

「・・・・・・・助けてくれたの?」
「倒れてしまった少女をその場に置いてはいけないからね。それにあんなに美しい歌を歌う子供が死んでしまったら悲しいだろう?」

少女はそういう青年の顔をマジマジと見た。青年は少し笑みを浮かべながら首をかしげる。

「・・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして。そうだ・・・・・君の名前は?」
「・・・・・・。小野・・・・・・
、はじめまして。私は藤原行成という」
「うん」

少女――はにこっと笑ってうなずいた。
その出会いから五年の歳月が過ぎた日
小野は巨大な鬼と対峙していた。

「邪魔」

足元には二匹の獣が牙をむいている。
鬼は薄っすらと笑った。その華奢な腕には似合わない剣をは持っていた。
この剣と一緒に爺―小野篁―が用があると言って小野家の屋敷に来た。厄介ごとと一緒に。
それはつい先刻のこと・・・・・・・

「これは?」
は目の前に差し出された剣に首をかしげた。
「神剣狭霧丸。お前になら扱えるはずだ」
「それで?」
「冥府の官吏になってもらいたい」
「私が?」
「そうだ」
"、一つ聞いてもいいか?"

篁との話を聞いていた彼女の式神が口を挟む。

"ここに先祖がいることに対して何の違和感もないのか?"
「ない」

はこれでもか、と言うほどにキッパリと言い切った。

「別に死人がうちに来たっておかしくないわよ。今更なんだっていうの?」

確かにそうだが、と式神は思う。彼は溜息をつくと篁に話を続けるようにうながした。

「最近鬼達が頻繁にここらを出入りするようになってな。お前に守ってもらいたい。俺と同等もしくはそれ以上の力を持つお前にならできるはずだ」
「・・・・・・・別にいいわ。ちょうど退屈していたの」

はそう言って剣を受け取った。
そして今に至る。
は剣を構えた。鬼の爪が襲ってくる。
それを剣ではじき返し、鬼の上空へと飛び上がる。剣の重さを感じさせない動きだった。

「ハァッ!!」

気合で鬼を切り裂く。鬼は最期の抵抗と思ったのかの右腕を深く切り裂いた。

「ぐっ・・・・・」
"それは呪いの証。いずれその呪いは発動する。くくくっ、そのときお前は生きていられるか?人間のままでいられ・・・・・・"

ぐしゃ、と音がした。鬼が何か巨大なものによって踏み潰されたのだ。
金色の瞳がをとらえた。

"大丈夫か?"
「大丈夫・・・・・ありがとう、螢・・・斗・・・・・」

はそう言うと倒れる。深く切り裂かれた右腕からは血が絶え間なく流れ出していた。
螢斗が人の姿を取り彼女の体を持ち上げる。邸へ連れ帰ると篁が待っていた。

「・・・・・・・・・呪いだな」

の傷口の具合を見て篁は呟いた。

"呪い・・・・・・"

螢斗は呟く。の傷口は既に止血がされている。あとは縫合した糸が抜けるのを待つのみだ。
しかし篁はの傷口が治らないことを知っているかのように呟き続ける。

「相当厄介だな・・・・・いずれ発動する、か・・・・・・確かにそうだろう」
"篁、どういうことだ?"
「・・・・・・・・亡者、はわかるな螢斗」
"あぁ。死人だろう?時たま厄介ごとを作る種だ"
「紫はこの呪いが発動すれば、その亡者よりももっと厄介なものになる」
"・・・・?"
「生きながらにして死したり。こいつはそういう状態になる」

螢斗の瞳が不穏に揺らめいた。

"どうすれば・・・"
「さぁな。解く方法は俺にもわからん。冥府で探しては見よう。保証はできかねないぞ」
"それでもいい。・・・・・・・何かすることはあるか?"
「・・・・・・・これは女の状態で生活していると呪いが進むというなんともひねくれた呪いだ」

多分お前も相当性格がひねくれている、と螢斗は思ってはいても口には出さない。
出した瞬間に真っ二つになるのはごめんだからだ。
篁は螢斗を見た。

「一日の半分以上は男の格好をさせておけ。どうしてものときは女の格好で平気だろう。いいか、半分以上だ」
"・・・・・・・・・それだけか?"
「それだけで大丈夫だろう。冥府に行って探しては見る。なんだったら王太子にでも話しておくが」
"アイツに借りをつくるのだけはごめんだ"

借りを返すために何をいわれるのかわかったもんじゃない。下手したらを遊び道具として持っていかれる。
そのことを感じたのか篁は首を振った。

「問題ない。あいつはの生まれる前に別の子供を拾った。境の川の岸辺で」
"何を拾ったって・・・・?"
「子供だ。かなり強い霊力の持ち主。いずれも会うことになるだろう」

物好きな閻羅王太子だ。人間ならば捨て子や、犬猫まで拾ってくることになるだろう。
拾われた子供のことも気になるが・・・・・・てかいったいなぜ?

「気になったそうだ。かなりの力を持っているとかいないとか」
"・・・・・・お前と同等か"
「らしい」

螢斗はう〜む、と唸る。
そのときカタンと音がして一匹の式神が中にやって来た。

「まだいたのか、篁。太子が呼んでいた」
「わかった。戻ろう・・・・・・・いいか、螢斗。を生きながらにして死したる者としたくなくば、男の格好をさせておけ」
"・・・・・・・あぁ"

篁の姿が消えた。
既にの顔から苦しみは消えている。
螢斗はそっと主の頬に触れた。少しばかり熱を帯び、紅くなっている。

「螢斗、は・・・・」
"大丈夫だ、翡乃斗・・・・・・・は俺たちと約束したんだ。二度と悲しませないと" _

小野の力が暴走したとき、は生死の境をさまよった。
螢斗、翡乃斗、そして霊力を持たない家人たちは何もできず、ただただ弱っていくを見ていることだけしかできなかった。あと少しでも・・・・・あと少しでも閻羅王太子がくるのが遅ければは死んでいただろう。
目覚めたは二匹の式にむかって弱々しい笑顔で言ったのだ。

"大丈夫・・・・・・・私は二度とあなたたちを悲しませるようなことはしないから"

"・・・・・・・・我ら光と闇の主よ・・・・・・・お前はお前のままでいてくれ・・・・・・・"

それからしばらくが目覚めると幼い少年の顔が一番初めに見えた。
驚いたが飛びおきて、少年の顔に額をぶつけ、泣かせ、そして・・・・・・
そこが安倍晴明の邸と知るまでにまだ時間はあった。

進む
目次