天津原はてんやわんやの大騒ぎになっていた。
天津神の主神の一人である月読命、及び蛇神の半身でそのうち跡目を継ぐものとされてきたが人界の瘴気に染まって戻ってきたのだ。
天照大御神は月読の瘴気を洗い流すことを命じると自らもまた人界に下りていった。天津神の愛息子を連れ戻すためである。
おかげで彼ら二神の側仕えたちは二神の瘴気を落とす羽目になった。
は連れ戻されたのち、記憶を変える様にと命じられていた。瘴気をゆっくりと浄化しながら記憶を別のものに置き換えていく。
二人は神殿の最奥に横たわっていた。
そんな中のことである。
天照、月読、蛇神の住まう宮の護衛をしていた者たちが異変を感じ取った。微弱な瘴気と感じたことのない神気が近づいてくるのだ。
「これは・・・・すぐに天照様たちにお知らせしろ!!」
宮の警護をしていた者たちはすぐに臨戦態勢に入る。しかし直後やってきた四匹の獣によって声もなく倒されてしまう。
四匹の獣とは飛燕、陵雨、珀、昂雅のことである。そして・・・
「はぁすごいね・・・・四人(でいいんだよね)とも」
昌浩は感心したように呟いた。
漆黒の尾を一振りし、陵雨は宮をむいた。
"これから先、もっと危険なことになる。昌浩、気をつけろ"
「うん」
昌浩、十二神将、四匹の獣たちは宮の中へと侵入していった。

瘴気を落とした月読はぐったりとしていた。
天照も少しばかり覇気がない。蛇神が二人のそばへと這って行く。
『天照、月読、大丈夫か』
「かろうじての状態ですよ」
「よくもまぁあんな瘴気の中でごく普通に生活していられたな」
『だが、あの二人、もう少し遅ければ自我を失い始めていた。体のいたるところに暴走を抑えようとした跡が見受けられる』
体中に傷があった。自らの神気を抑制するために傷をつけ、神気を傷の治療へと回していたのだ。
神は不老不死だと誰が言ったのだろう。
天照、月読は確かに不老不死である。上位の神々もまた不老不死ではある。
しかしの二人は不老不死ではない。傷をつければ、死ぬことだってある。傷を受けた際、二人は神気でその傷を治す。
深い傷であるほど神気を多く使うのだ。二人はそれを利用して暴走し始める神気を抑えていた。
『だが・・・・・・』
蛇神が何か言いかけたときである。三人がいる広間に衛兵が飛び込んできた。
「何事だ」
「申し上げます!今、十二神将と人の子、そして様と様の式と見受けられる四匹の獣が宮に侵入したもようです」
「役立たずどもが・・・・・・」
「姉上・・・・・」
「恐らくそいつらの目的はを連れ戻すことだろう。馬鹿な奴らだ・・・・・・」
『天照、十二神将とは聞かんな』
「十二神将は人の思いより生まれた神。我らとは相容れぬ」
天照の手が近くの水晶球にかざされた。
水晶球にもやが発生し、ゆっくりとその形を変えてゆく。月読と蛇神が見守る中、昌浩の姿が映った。
「それは天狐の血を引く・・・・・」
「あぁ。面白い。どれだけやれるか見ようではないか」
蛇神の頭が持ち上がった。ゆっくりととけるようにその姿が変わっていく。
やがてその場に漆黒の髪と紅の瞳、右側の頬に銀色に輝く鱗を持った長身の女の姿が現れた。
蛇神が人の姿をとったのである。
「天照、運命は人の手によってひるがえすことも可能なのだ。我はそれを知っている」
「だが、大本は変えられぬ。我ら神にもな」
「いつか運命を変えた代償が降りかかる」
「あぁ。あの子供はそれに耐え切れぬ。にもにもちゃんとした運命はあるというもの」
蛇神は水晶球に映る昌浩の姿へと視線を投じた。
「しかしこの子供・・・・どこか我らを巻き込む運命を持っているようだな」
類稀な血と運命を持つ子供に蛇神は興味をそそられた。月読が軽く溜息をつく。
「蛇神、どうか戯れなどなさらないように」
「私もそこまで子供ではないさ」
蛇神は軽く笑うと姿を消した。月読が心配な顔で天照を見た。天照は何も言わずただ水晶球を見た。
その水晶球には未だ昌浩の姿が映っていた。