「昌浩っ?!」
部屋の中に入ってきた二匹の狼とその背に乗る昌浩の姿を見た晴明は驚いた。
「いったいなにが・・・・・殿と殿は」
は・・・・は連れていかれて殿はまだ屋敷に・・・・」
「・・・・・」
晴明は昌浩を狼の背からおろす。
狼たちは礼儀正しく座り込んだ。
「お前たちは殿の式か」
晴明がそう問うと二匹はうなずいた。
「・・・・・・・・・昌浩、二人のことをなんと聞いた?」
「天津神の息子と蛇神の半身だと・・・・・」
「その通りじゃ。そして神は神の地を離れては生きていけない。人の地に集まる怨念が清らかな存在である神を穢し、穢された神は自我を失うことになる」
「えっ・・・・」
「蛇神はこの世の死を司る存在。そんなものが自我を失ってしまえば都人は皆冥府へ降りることになろう。そして天津神の息子である殿が自我を失えば天変地異間違いなしじゃ」
昌浩は驚いた顔で晴明を見た。晴明は悲しげな顔をしている。
「人には変えられぬことじゃ、昌浩。自分を責めるでない」
「でも・・・・・でもは」
は人が好きだと言っていた。自我を失うときは絶対にお前に殺してもらうからな、とあの日言ってきた」
晴明はの顔を思い出した。
悲しそうに笑っていた。
「なんで・・・・なんで殿も降りてきたんだろう・・・・・・自我を失ってしまうのに」
「人の世をこの目で見たいからだと言っていた。蛇神として、天津神として人を治めるためにはまず、人の世を見ておかなければと思われたらしい」

"人の世界はいいものだな。瘴気は確かに多いが人の活気が心地いい"
"こんなに美しい都を治める事ができる帝は幸せな方ですね"

神のようでいて人に似て、人のようでいて神にいて。
どこか存在が曖昧な二人は道を行きかう人々を微笑ましげに見ていた。

"いつか自我を失ってもこの都だけは滅ぼさない。この国に住む者達の命を失わせはしない"
"守りたいのですよ、僕たちは。壊すのではなくて"

あの二人ならば、この国を守れると信じていた。
それなのに、天津神は信じることができなかったのだ。
「昌浩、たちを救いたいか?」
「はい。まだ俺あの二人のこと教えてもらってないですし」
「・・・・・・十二神将、わしの言いたいことはわかるな?」
「じい様?」
「飛燕と陵雨はの式。主の居場所ならばたとえ冥界だろうと天界だろうとすぐにわかる。それに・・・・・・・殿の式もきたようじゃ」
白と黒、二匹の梟が部屋に滑り込んでくる。それは昌浩のことを屋敷の中へと導いた梟だ。
「珀、昂雅、殿がわしに預けて行った」
梟たちも主の居場所を知っているのだ。そして昌浩は・・・・・
「昌浩、これより天界に向かい二人を助け出して来い。なに、お前はわしの孫じゃ。きっとできる。十二神将たちを護衛につけよう」
「晴明」
不機嫌きわまりない声が晴明の背後に聞こえた。
昌浩とそのそばにいる物の怪を忌み嫌う十二神将、青龍だ。
「俺は絶対にいかんぞ」
「宵藍・・・・・」
「俺たちがいない間お前はどうする。誰も守るものがいないだろう」
"心配無用だ"
紅の狼、飛燕がそう言って一歩前に進み出た。
"我らが四匹の使令を残していく"
「使令?」
"我らが僕。人を襲わないようがしつけた"
黒の狼、陵雨が言った。
"我ら四匹は妖たちの生と死を司る者。我らに仕えているものたちがいる"
白の梟、珀が言った。
"晴明は我らが使令が命を賭しても守ろう。だから"
黒の梟、昂雅が言った。
"我らに力を貸してはもらえないだろうか、昌浩、十二神将"
四匹の声がそろった。
青龍は四匹をにらみつける。
「何故そこまでして主を助けようとする」
"我らは人に滅されようとしていた。そこをが助けてくれたのだ。我らに住む場所を与え、さらに妖たちにも住処と食物を与えてくれた"
"我らは恩人に仇を返すようなまねはしたくない"
晴明の目が青龍を見た。
青龍は晴明の目を見たが軽く目をそらした。
「・・・・・晴明の命令ならば俺たちは何も言わない」
晴明の顔がほころんだ。
「そうか、そうか」
"すまぬ、十二神将"
四匹は嬉しそうに言った。
「では昌浩、さっそく準備を行え。紅蓮・・・・昌浩を頼んだぞ」
昌浩のそばで話を聞いていた物の怪は僅かにうなずいた。
昌浩は立ち上がると一礼して部屋を出て行く。準備をするためにだ。
物の怪もついていって、部屋には晴明、十二神将が幾人か、そして四匹の式が残った。
"すまない・・・・・昌浩は我らで必ず送り届ける。雪花たちを救い出して"
「うむ。だがお前たちも気をつけろ。天界は・・・・・誰が想っているよりも危険なのだから」
はたして晴明の予感は当たっていたのである。