「にしてもさぁ、もっくん」
安倍昌浩は傍らを歩く白い物の怪に声をかけた。
「まさか俺と大して年が違いそうにない人が陰陽師筆頭なんてね・・」
「吉昌よりは力は下と言っていたな・・・・・が、事実はどうだかな」
物の怪の名はもっくんという。本人にとってはあまりに不本意だが、そう呼ばれると反応してしまう。
おりしも今日は昌浩の元服の日。賑やかな宴の席をから出てきていたのだ。
昌浩は宴の席で一人の青年を見つけた。歳は昌浩よりもひとつ上らしい。
陰陽師の一人で晴明も認めるほどの力を持っているという。
名をと言った。
ふと昌浩は目の前に立つ青年に気がついた。ちょうど話をしていた青年である。
「昌浩殿と・・・・・・・・確か騰蛇殿?」
物の怪の体が強張った。昌浩が驚いたような顔で青年を凝視する。
青年、は小さく笑声を漏らした。
「わかります。十二神将のうちのお一人ですね」
彼は微笑んだ。
昌浩が宴の席で出会ったのは彼である。昌浩でもわかった。
その体から流れ出す清浄な気に。物の怪はその気をほんの少しだけ恐れている自分に気がついた。
「お前・・・・・神の血を引いているのか」
「はい。ほんの少しだけですが、天津神の血を」
天津神――彼が言うのは天照大御神のことである。
昌浩と物の怪はさらに驚いて飛び上がった。
「とは言っても本当に少しなんです。人の力のほうが強いくらいで」
が軽く指を振ればその指先に白い鳥が舞い降りた。
小さな鳥で昌浩の祖父がよく手紙として使うほどの大きさだ。
「それは・・・・・」
「私の姉からの式ですね。先ほどから結界に阻まれて動けずにいたので誘いました」
彼は手紙を開く。そして少し目を見張ったのち、軽く笑った。
「姉上はご立腹のようですね。すみません、帰らなければ」
「いえ・・・・・あの殿、また会えるでしょうか」
「・・・・・・それが天命ならばね」
そう言ったは意地悪っぽく微笑むと昌浩の頭に手を置いた。
「嘘ですよ、また会えます。同じ部署ですから」
は昌浩と視線をあわせるとニコッと笑った。
そしてそのまま立ち去る。昌浩は呆然としていた。

月が明るい夜である。
「姉上」
「どうだった?晴明の孫は」
「中々いい子のようでしたよ」
縁側に座って月を見上げている少女がいた。は彼女のそばへ近寄って行く。
少女はへと顔をむけた。
「あいつが確実に私の邪魔をしているな・・・・・・狐の子」
「邪魔というかむしろたまたま」
「そうか・・・・・そういや、晴明から呼び出しかかっていたような・・・・」
「かかってますから」
「面倒だな」
「面倒って言わないでください」
は爽やかな笑みを浮かべながら言う。
少女は軽く鼻を鳴らすと月を見た。
「我らが天津神はどう思われるのだろうな。我らが人と関わることについて・・・・」
「さぁ・・・・天帝のお考えはわかりませんから」
も月を見上げた。
「美しい蛇神殿は何を考えておられるのですか」
「さぁな・・・・あいつは黙っている。何かよくないことが起こる兆候だな」
「・・・・・・・面倒ごとはイヤですよ、姉上」
「はいはい。善処はするさ」
少女は軽く微笑んだ。
むき出しの右腕に黒蛇が絡みついたような痣があった。