螢斗は貴船でじっとしていた。 貴船の祭神高於神がそんな螢斗をじっと見ている。 「になにかあったか、光神」 "我がいながら主に怪我を負わせてしまった" 「あれの職業柄怪我は仕方なかろう」 "守ろうと思えば守れたはずだ" つまりは悔いているのである。主であるを守りきれなかったことを。 高於は同胞を見て溜息をついた。心配性の神二人のことはよく知っている。 主であるが長い溜息をつくほどに二人は心配性で、意外と落ち込みやすいのだ。 「戻って姿を見せてやらなくていいのか。お前がここにきてもう十日も経っているが」 "戻ってどうする・・・・・・我はを守れなかった" 螢斗が同胞で、兄弟でなくばとっくの昔に殺していたと思う高於である。 さらにから、ここへやってきたらそっとしておいてくれ、と頼まれていなければよかったのだ。 「正直言うと迷惑だ」 "よかろう。別に我はお前の仕事を邪魔するつもりはない" プッツン、と龍神の額に青筋がたった。 「光神、さっさと去ね。お前にいられると空気が澱む」 "高於、それが兄弟に対する言葉か!" 「無論」 邪魔なのは邪魔なのだからさっさと出て行ってもらいたいものである。 螢斗は溜息をつきつつ、人から獣の姿に戻った。 「螢斗」 高於はその背に声をかける。 "少なくともは今回受けた傷をお前のせいにはしていないだろう" 「・・・・・」 "お前がそれをどうとるかは勝手だがな" 螢斗が貴船から姿を消すと入れ違いになるようにして翡乃斗が姿を見せた。 高於はうんざりしたようである。 「すまないな、我が同胞が迷惑をかけた」 「お前もに関することで何か文句でも言いにきたのか」 高於の言葉に翡乃斗は小さく目を見開いて苦笑した。 「まさか」 「何をしにきた?」 「礼を言いに来ただけだ。の代わりにな」 「はあいつがここにいることを知っているのか」 「いいや、知らん」 というか知らないからめちゃくちゃ怒っている。 「で、螢斗はどうした」 「あれなら追い出した」 「・・・・・・なるほど」 翡乃斗は小さく溜息をついた。 高於は優しいのかそうでないのかわからない。 確かに神というものは非常に気まぐれだ。翡乃斗も螢斗も自分が気まぐれだとわかっている。 「我らは不安なのだろうな」 「・・・・」 「人という生き物は我ら神よりも儚く弱い。早く死ぬ・・・・」 翡乃斗は小さく溜息をついた。 「は誰よりも強く誰よりも弱い。あれを、放っておくことなど我らにできるはずもなかろう」 「お前たちは甘いな。あれはいつも支える腕を必要とはしていない。自分の足で立ち、歩いていくことができる」 「・・・・・・・・・」 「必要としているのはお前たちだろう」 「・・・・・っ」 翡乃斗は軽く舌打ちした。 高於は翡乃斗に近寄った。 「お前たちのほうがを必要としているのではないのか」 「・・・・」 「・・・・好きにしろ。私はもう戻る」 高於はそう言って姿を消した。 翡乃斗は船形磐に背をむけて闇に姿をとけさせる。 認めるにはあまりにも過酷なことを突きつけられたから。 必要とされるよりも、必要とするほうが辛いなんて思いもしなかった・・・。