突っ込むべきか突っ込まないべきかは放っておくとしよう。
小野はそう思った。
今目の前にいるのはここ、安倍家の当主晴明の末孫昌浩、とその相棒物の怪(といったら"物の怪言うな!!"といわれるがどうみても物の怪にしか見えない)。
それから最近やってきたという安倍家遠縁の姫。
ちなみには小野家長姉であるが、今はわけあってここに居候している。
とりあえずしばらくは動きそうにもないため、は着替えに行く。男装をして内裏の陰陽寮に出仕しているのだ。
戻ってくれば昌浩の姿がない。そういえば今日は藤原の邸に行くとか言っていたかなとは思った。
ふと姫がの姿を見て驚いたような顔をする。
「、男装などをしてどこに行くのですか」
「内裏。居候している代わりに晴明づきの陰陽師になってるんだ」
「うむ。そしてこの姿のときはと名乗っておる」
「・・・・・・・よい名ですね」
「ありがと、。そんじゃいってきます」
、否はそう言って人には見えぬ式神を伴って内裏へとむかった。
残された晴明、及び姫、は小さな笑みを浮かべた。
「・・・・・緋乃、昌浩についていてください」
"・・・・・御意"
人ではない気配がひとつ、内裏へと向かって消えた。晴明はを見た。
「安心してくださいな、父上。緋乃は心根優しい鬼ですから」
すべては狐の子、安倍晴明が第一子安倍が冥府から戻ってきたことにはじまる。
彼女は七つのとき、狐の血によってその生を終える。冥府に降りた際、閻羅王太子に見つかり、そのまま冥府の一族とともに成長していく。
閻羅王太子の妻となり、狐の血を引いた甥が産まれたと分かるとすぐさま現世へと降り立った。
二匹の禁鬼を従えて・・・・
冥官の一族小野家長姉とは随分前に知り合った。今では親友と呼べるほどの仲である。
二匹の禁鬼は緋乃―火を操る―と弓狩―風を操る―がいて、今片方が昌浩の護衛になった。
そしては自分が死ぬ間際、父である晴明に自分が死んだあと皆の自分に対する記憶を消してくれと頼んだ。きっと苦しむから、とも。
晴明は娘の最後の願いを叶えてやった。故に今安倍家及びこの世で彼女のことを知るのは冥府の一族、晴明、とその式神たちだけなのである。
「・・・・・少し嫌な予感がしますわ」
「やはり・・・」
「何かがこの都に侵入していますね」
は溜息をつきつつ言う。晴明はうなずいた。
「調べ物をしますわ。というわけで、父上?邪魔はしないでくださませ」
「わかっておる」
は部屋にむかう。そして六壬式盤を取り出すと手をかざした。
はしばしの間無言だったが、おもむろに立ち上がると背後を振り返った。
「弓狩、しばらくの間はいつでも戦闘に対応できる状態になっていろと緋乃へ伝えなさい」
"はっ"
鬼の気配がまたひとつ消えた。は内裏の方角を見やる。何か胸騒ぎがした。
その日、少しばかり暗い顔をしては帰ってきた。
「まぁ・・・・・・・何かあったのですか?」
「ううん、なんでもない」
は弱々しげに微笑むと部屋にこもった。外に式神たちを放り出して。
は彼女のそばにいたであろう式神たちを見下ろした。黒い狼と黒い物の怪は彼女を見上げると口を開いた。
「・・・・行成から宴に誘われた」
「行成・・・?」
"昔、の命を助けた年若い公達でな。の想い人だ"
「宴ですか・・・それでは着物を着なければいけませんね」
「あぁ。だから断ったんだ」
が何故男装をしているのか、何故安倍家に居候しているのか・・はそのわけを知っていた。
それはが九つになったときのことだった。
そのとき既に二匹の式神はのそばにおり、そして彼女も冥官となっていた。
冥官として始めての仕事を行った時のことである。は倒した鬼に右腕を深く傷つけられた。呪いとともに。
いったいどこにそんな呪いが存在していたのか、と思えるもので・・女であるが女の姿をしていると呪いが体中に広がり、やがては死ぬというものなのだ。
故に彼女はその呪いを受けてからというもの、男の姿をし続けている。
今が着ているような美しい着物は着ていない。夜は黒い狩り衣、昼は小袖姿をしているのだ。
女本来の姿をしていれば、は美しい。どこか蘭を思わせるような気高さがあった。
「・・・・・ですが・・・何も女としていかなくともとして招かれればよいのでは?」
"そこだ・・我らも言ったのだ。が・・・・ひとつばかり問題があってな"
「問題?」
「うむ。は見目麗しいだろう?それに将来有望でな、数多くの貴族たちから娘との結婚を迫られているのだ」
「は女なのに・・・・・」
「それから逃げるためにという許婚がいるということにしている。貴族の男は数多くの妻を娶るだろう?晴明の場合は例外として。は生涯に一人だけの妻を愛するからと言ってどれも断っているんだ」
「いいことですわ」
「行成もそれを重々承知の上だ。今度の宴には妻ともども来るといい、と言ったんだ」
「まぁ・・・・」
妻ともどもでは、少々、いやかなぁりまずい状態になる。
元々存在しない妻だからだ。ついでに言えば女だとばれてしまうかもしれない。それを危惧したは宴を断った。
「私が妻がわりとなりましたのにね・・・・・」
が言うが、式神たちは首を振る。
「そんなことをしたら、が太子に殺される」
"それにそんなことをは望みはしない"
「そうですわね・・・・早く呪いが解ければいいのに」
「そうだな・・・・」
一人と二匹は閉められた部屋の戸をじっと見つめ続けたのであった。