意地悪
「・・・・・宵藍?」首をかしげて名を呼べば、背後に長身の陰が顕現する。
いつものとおり不機嫌そうな顔をしている。梓は小さく笑って青龍をむいた。
「不機嫌そうね。そんなに不満なことでもあるの?」
「別に」
「あらそう」
梓は立ち上がって青龍に近寄った。
そっとその頬に手を滑らせる。
「梓」
「うん?」
「・・・・・・」
無言のまま抱きしめられた。梓は苦笑して青龍の背に腕を回す。
優しい口付けが落ちてきた。梓は自ら舌を絡める。
「愛してるわ、宵藍」
こうして出会ってから幾度目の言葉だろう。もう覚えていないほど囁いて、囁かれた。
青龍は梓の祖父で、主でもある晴明にも見せないような笑顔を見せた。
「オレもだ」
梓はゆっくりと押し倒される。黒檀に輝く黒髪が広がった。
「・・・いいだろ?」
「いや」
「・・・・・なら襲う」
「ちょ、青りゅっ・・・・・・・・・」
首筋に唇を落とされると梓はびくりとして体をすくめた。青龍は意地悪げな笑みを見せている。
これこそ晴明には見せない。てか、絶対に梓以外の前では笑おうとはしないのだ。
梓はため息をついた。これでは食われてしまう。
「梓姉上、少しお話が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あら、昌浩」
弟の昌浩が顔をのぞかせる。昌浩は押し倒されている姉と押し倒している青龍を見ると、手にしていた書物を落とした。
「人の姉上押し倒してなにやってんだぁぁぁぁ!!」
昌浩は憤怒の表情よろしく印を結ぶ。もちろん標的は言うまでもなく・・・・
「梓、青龍、あのままだと死ぬぞ?」
「あらやだ、紅蓮。何言ってるのよ。昌浩が私を押し倒している青龍を放っておくわけないでしょう?」
ニコッと微笑んで、梓は言った。紅蓮は確かに、とうなずく。
姉一筋な昌浩が青龍を放っておくわけがないのだ。
梓は頬に手を当てて息をついた。紅蓮は口元が引きつっている。
「さて、紅蓮。お茶でも飲みに行きましょうか」
「あぁそうだな」
しばらく終わりそうにもないし、と取っ組み合いを始めている二人を見た紅蓮である。
梓は着物の袂で口を覆うとうなずいたのであった。
ちなみに、これは余談ではあるが、梓を襲おうとした青龍にそれから晴明からの制裁が加えられたということである。