刹那を育て始めてからしばらく、十二神将たちは外にいる狼たちをどうしようかと考えていた。
「殺すわけにも行かないな。狼たちは刹那をここまで無事に育てたのだから」
十二神将の一人勾陳の膝の上に刹那は座っていた。
その目は徒人には見えない蝶を追っている。
「では静かに去っていくと思うのか」
「そうは言っていない。あの狼たちは賢い。話してわかるやつらだと私は想っているよ」
「どうだかな」
神将の一人は不機嫌そうにそう言うと姿を消した。勾陳は軽く溜息をつく。
傍らにいた少年の姿の神将が刹那の体を抱き上げる。
「だんだんと成長しているな」
「当たり前でしょ、刹那はもっと大きくなるのよ。そして美人にね。太裳が放っておかなくなるわよ」
「太陰・・・・・・・・忠告しておくが、太裳の前では絶対にそういうことをいうなよ」
「どうして?」
「図星だからだ」
そう言っておいて勾陳はそういえば、と呟く。
最近仲間のうちの一人を見ないではないか。
「騰蛇はどうした」
「騰蛇ならば、刹那を泣かせないようにと異界にいるが」
刹那は自らを抱き上げている少年を不思議そうに見つめた。
玄武という名の神将は軽く笑った。
「刹那は騰蛇のことを恐れない。我はそんな感じがする」
「そうだな」
刹那はにこっと笑う。
ふとそこに新たな神気が出てきた。
「騰蛇・・・・・・」
「その子供か・・・・・今度俺たちを配下に下したのは」
刹那は驚いたような目で彼を見、そして笑みをこぼして手を差し出した。
騰蛇という名の神将はいぶかしげに眉を寄せると姿を消してしまう。刹那は残念そうな顔をする。
勾陳がやれやれと溜息をついた。
「騰蛇、刹那はお前が気に入ったらしいぞ」
誰もいない虚空に向かって声をかける。するとまた騰蛇が姿を見せた。途端刹那は笑い出す。
「刹那はお前を恐れていない。むしろ大歓迎のようだ」
騰蛇に手を差し伸べた刹那。騰蛇は彼女を抱き上げた。
刹那は嬉しそうに騰蛇に頬ずりをする。騰蛇は煩わしそうに、しかしどこか嬉しそうになすがままにさせていた。
勾陳はそれを笑顔で見ている。玄武も意外なものでも見たかのように驚いている。
「騰蛇、これからお前は刹那の護衛だな」
「なっ・・・・・・」
「刹那が離れたがらないだろう。だったらお前がそばにいるんだな。きっといなくなったら泣くぞ」
騰蛇は刹那を抱いたまま固まってしまった。刹那は不思議そうな顔をして騰蛇の耳を引っ張る。
「たたた・・・・・引っ張るな、刹那」
名前を呼ばれたことが嬉しいのか、声をあげずに笑う。
「ほかには教育をするものも必要だな」
「ではそれは私が」
「太裳か・・・・・・・適役だろうな」
こうして護衛は騰蛇に、教育係は太裳と決まったのであった。
そして庭にいる狼たちとも打ち解けて行った。狼たちは刹那のために毎日木の実を取ってきていた。
狼の中でもひときわ大きなものは首領らしく、時々屋敷の中に入ってきて刹那と遊んでいた。
「・・・・・・」
狼と刹那が遊んでいるのを勾陳はじっと見ていた。ふと狼が勾陳を見る。
『すまんな、十二神将。刹那を育ててもらって』
そんな言葉が聞こえた。勾陳は誰が話したのだろうかと首をかしげ、目の前の狼と目を合わせ、そして驚いた。
「お前・・・・・・」
『我らは獣の中でも上に立つ存在。多少なりとも話すことはできる』
「なるほど・・・・・・」
『・・・・・・我らだけでは刹那をここまで育てることはできなかった。礼を言う』
「刹那はお前たちにとってなんなのだ?」
『我らに感情を教えてくれたのだ。赤子でありながらな』
狼はそう言うとまた刹那と遊び始めた。
勾陳は刹那へと目を向ける。
まだ幼い少女はいったいどれほどの力を隠し持っているのだろうかと。
そして・・・・・・・・いつか彼女を愛おしく感じるようになるのだろう、と勾陳は予測していたのであった。