淡い花の香
友雅は鷹通のもとをおとずれていた。今、鷹通は出かけているから、とのもとに通される。 御簾の向こうにはいた。 ただならぬ気配に友雅は僅かに首をかしげた。 「友雅殿・・・・・」 「ご機嫌はいかがかな」 「それなりですわ」 「百日通いも残すところあと三日・・・・百日ちゃんと通えたら私のもとに来てくれるのだろう?」 「友雅殿は私を妻にしても、私のみを愛してくださいますか?」 「私が信用できないと?私は妻を大事にしますよ」 は御簾ごしの会話を恨めしく思った。 もうこれからの顔を見ることができるのは、夫となる帝と親族のみである。 「いいえ・・・信用していますわ。友雅殿ですもの」 御簾が揺れた。友雅が立ち上がって御簾に触れたのだ。 「後宮に入るのだと聞いた」 「・・・・・」 「姫、私はあなたのためになら後宮にだって忍んでいくつもりだ」 「・・・・・・・」 は御簾に触れている友雅の掌と自分の掌を重ねた。 互いの体温を感じる。 「両親の願いですわ。私は・・・・後宮に入ります」 「・・・・・姫、私があなたを想っていた百日間はどうなる」 「嘘。あなたは私のことなど見ていない。あなたが見ているのは別の人。私ではない、ほかの」 の体が御簾から引きずりだされた。 気付けば、友雅に抱き締められている。 感じるのは橘の香りと僅かな桜の香り。 「友雅殿・・・・・」 「今まで人にここまでの執着を感じたことはなかった・・・あなたがはじめてだ」 「私は・・・・・っ」 「愛しているよ、姫」 の瞳から涙からこぼれた。 「友雅・・・・・殿」 「狂おしいほどにあなたを愛している」 「わ・・私もですわ・・・・一日一日と・・・あなたがやってくるのを心待ちにしていた」 「何故・・・・後宮入りの話を・・・」 「鷹通兄様に迷惑はかけられませんわ・・・・」 は小さく微笑んだ。はかない、そうそれはまるで、今が散り時の桜のような・・・・・ 「私の体は病魔に蝕まれていますわ・・・私は帝のもとで、あの方を支えるしかできないのです」 「何故それをもっと早く・・・・」 「手の施しようがございませんもの・・・・なら、私はこの命が尽きるまでこの国のために」 友雅は強くを抱き締めた。 「友雅殿、苦しいですわ・・・」 「手を離したらあなたは散って消えてしまうだろう」 「それが、桜のさだめですわ」 の頬を友雅は愛しそうに撫でた。 「友雅殿・・・・」 「姫・・・・・?」 友雅は僅かに顔が青白くなっているに不安を覚えた。 「あなたともっと・・・・」 微笑んだ口のはしに赤い筋が流れる。 友雅の声が聞こえたのか、女房たちが駆けつけてくる。 そして友雅の腕の中で血を吐くを見ると悲鳴をあげた。 「急ぎ薬師を!」 「はっはい!」 「姫、しっかりとするんだ」 「友・・・・・・・」 「姫!」 うすぼんやりとしたの瞳に友雅は映っていた。 は弱々しく腕を差し伸ばし、友雅の頬に触れる。 友雅はその手を握った。 「!」 「友雅さん!」 そこへあかねと鷹通が駆けつけてくる。 「鷹通、神子殿!」 「!神子殿!」 「わかってます」 あかねはのそばに座ると胸の上に手をかざした。 手のかざされたところから、黒いもやが立ちのぼり逃げるように去っていく。 「頼久さん!」 「心得ております」 その黒いもやを頼久が断ち切る。もやは苦しげにうごめいたかと思うとパッと霧散して消えた。 「ふぅ・・・・・これで大丈夫だと思います」 「いったいなにが・・・・・・・・・」 友雅に鷹通は事の顛末すべてを話した。