天界商事物語
ゼウスが経営する天界商事。そこにユウラは務めていた。
彼が座っている席は営業部部長と特別課最高主任
彼の部下はゴウ、レイ、シン、ガイ。ゴウは直属の部下で今はユウラの代理として部長の席に就いている。
ユウラは自分よりもゴウのほうが部長に相応しいのではないだろうかと時々考える。

「で、ゼウス様。何故私の執務室でくつろいでいるのですか、パンドラも」
「ユウラ、お前に見合い話を持っていた」

ひゅーっと部屋につめたい風が吹いた。パンドラが僅かに身を震わせる。

「お断りさせていただきます。それでは、私は営業のほうにまわらないといけませんので」
「先方との取引がわが社では一番多い。そこの社長がお前を求めているのだ」

出口にむかいかけたユウラの足が止まる。ゼウスを振り向けば、彼は笑みを浮かべてユウラを見ている。

「どうする?」
「ゼウス様、それが世に言う脅しということはご存知でしょうか」
「知らんな」

ユウラは拳を握り締め、怒りがおさまるのをじっと待った。

「それでどうする」
「考えておきます」

ユウラはそう言うと営業課にむかった。

「おはようございます、ユウラ部長」
「おはようございます、レイ。今日の調子はどうですか」
「はい。すべて順調に行っています」
「それはよかった。あぁ、ゴウ」
「ユウラ部長、よかった・・・・・ここのところなんですけど」

ユウラは書類を見ながら次々に指示を与えていく。

「そっか・・・・あぁ、そうだユウラ部長」
「はい?」
「お誕生日オメデトウございます」

ユウラは差し出された花束にきょとんとする。デスク上においてあるカレンダーの日付を見て納得したようだ。

「ありがとうございます。まさか、今日が自分の誕生日だなんてすっかり忘れていましたよ」
「ユウラ部長、これ作ったんでよかったら食べてください」
「ありがとうございます」

ユウラは笑顔でレイからのケーキを受け取る。
とそこへユダとルカがやって来た。

「ユウラ、ちょっといいか?」
「はい」

ユウラは自分のデスクにケーキと花束を置くとユダとルカと共に屋上にあがった。
ユウラの銀の髪で風が遊ぶ。

「どうかしましたか?」
「社内でちらちらと耳にするが、見合いをするというのは本当なのか」
「それでしたら・・・・・確かにそうなんですけど、私は受けるつもりはありません」
「だが、相手はうちと並ぶほどの会社だろう?」
「それも問題ですよね・・・・・私としてはここで働きたいというのが本望ですが、私が断ったせいで窮地に立たされるというのも嫌なんですよ」
「まさに板ばさみ状態か」

ユウラはうなずいた。ルカがさてどうしたものか、と思案顔になる。

「なるようになるんじゃないか」
「それは期待できませんよ」

ユウラは溜息をつくとフェンスに体を預けた。
上を見上げれば憎らしいほどの青い空。

「相手が誰なのかも知らないしね・・・」
「なんだ、知らなかったのか」
「ゼウス様は見合いをしろっておっしゃっただけです。誰と、なんていいませんでしたよ」
「ユウラの性格からして聞く前に部屋を出て行ったんじゃないのか」
「それはありえそうだな」

ユウラは溜息をつく。と屋上にカサンドラがあがってきた。
特別課の部下である。

「ユウラ部長、お客様ですよ」
「今日はアポありましたっけ?」
「いーえ」
「追い返してください」
「それが出来れば当の昔にやっていますよ」

カサンドラの言葉にユウラは僅かに眉根を寄せた。

「その客というのは?」
「地獄商事のルシファー社長です」

背後でユダとルカが息をのんだ。ユウラは驚きのあまり言葉が出ないでいる。

「もしかして・・・・・・ユウラの見合い相手ってのは・・・・」

ルカとユダが呟く。ユウラもさぁっと青ざめた。

「えぇ、ルシファー社長ですけど?」

カサンドラが、当たり前です、と言わんばかりの表情で言った。ユウラはそれこそ地獄に突き落とされたような気分になる。
ショックを受けて膝を突いてしまったユウラを哀れそうに見るユダとルカである。ユウラは恨めしそうに二人を見た。

「頑張って来い」
「恨みますよ」

涙を浮かべるユウラの頭を二人はポンポンと叩いていく。ユウラはルシファーを待たせるわけにもいかず、執務室へと足を運んだ。

「遅れて申し訳ございません、ルシファー様。私がユウラです」
「・・・・想像していた以上だ」

そんな言葉に顔を上げたユウラはどきりとした。そこに立っていた青年はユウラが見たこともないほど美しかったのだ。

「ゼウス殿から話は聞いているだろう。それで、どうだろうか」
「あの、そのことなのですが・・・・」

ユウラはしどろもどろになりながら、呟いた。

「お断りできませんか・・・・・・」
「何故だ?」
「私はここで働くのが好きですし、まだ・・・・結婚などということは考えていなくていきなり言われましても」

ユウラの言葉にルシファーは少し考えるようなそぶりを見せた。

「では、私がこの会社に来よう」

ユウラはあまりのことに何も言えず、口をぱくぱくと開閉させている。ちょうどそこに幸か不幸か、一人の青年がカサンドラに連れられてやってきた。

「ルシファー・・・・・」
「おぉ、ラキか。どうした」
「俺に断りなしで、勝手に会社を出て行くなんていい度胸だよな。まったく・・・・お前がユウラか」
「は、はい・・・・」
「ルシファーが悪いことをしたな。見合いの話はなかったことにしておいてくれ。こいつがオレとガブリエルに話さずに決めたことなんだ。無視してかまわないから」
「あの・・・・・・」
「オレはラキ。地獄商事の副社長やってる。今回騒がせた分はきっちりと払うから心配するな。ほら、ルシファー行くぞ」

ラキと名乗った青年はルシファーの腕を引いていく。
その手をするりと交わすと、ルシファーはユウラに近寄ってきた。

「今度は逃がさない」

ユウラの耳元で囁くとルシファーはラキのそばに戻っていく。ユウラは足から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
真っ赤になったユウラをカサンドラは不思議そうに見ている。

こうしてユウラの見合い騒動は幕を閉じた。しかし、このごもしばらく、ユウラの下には地獄商事からの見合い話が持ち込まれていたのであった。

「ユウラも大変だな」
「えぇ」
「まぁあの方ならなんとか乗り切るでしょう」
「ユウラ部長だしな」

「絶対に無理です・・・・・」

部下達の言葉を聞いていたユウラはそう呟いた言葉は誰にも聞かれていないのであった。