とどかない空
は星がこぼれそうな夜空を見ていた。
「綺麗・・・・」
思わず感嘆の溜息をつく。息は白くなり、夜空へと吸い込まれていった。
手を伸ばすと届きそうな距離にあるそれは、しかし届かない。まるで自分とこの人のようだ、と雪花は思った。
「どうしました?」
の背後から紫苑色の声が聞こえてきた。
「ううん、なんでもない」
は背後の気配に首を振って答える。背中合わせに星を見ていた彼はクスリと小さく笑った。
「なんでもなくないでしょう?」
「なんでもないったらなんでもないの」
・・・・嘘はいけませんよ」
「嘘じゃないもん」
体はくっついているのに、心は遠くはなれている。手を伸ばしたら触れられそうなのに、どうしても触れない。
それは・・・・人間と神将の寿命が違うことを知っているから・・・・
「太裳・・・・・人間が神さまのことを好きになっちゃいけないの?」
「そうですね・・・・・・」
太裳は首をかしげた。
「私達と人は寿命が違います。人のほうが短いでしょう?私たちが好きになって、その人が死んでしまったら辛くなります。だから・・・・・」
「でも私はそれでも太裳のこと好きだよ?」
は太裳が悲しそうで辛そうな顔をしたことが気配でわかった。
「私・・・・・・太裳のこと好きだよ」
「私は・・・・・」
「ううん、無理に言わなくてもいいの。今はこうしているだけで幸せだから」
病魔に侵されている自分の命は残り少ない。だから太裳の主、安倍晴明に必死に頼んで一緒にいさせてもらっているのだ。
「私は太裳を置いていってしまうんだよね・・・・・太裳が私のことを好きになったら、私が死んだときに泣いてくれる?」
「わかりません・・・・・もしかしたら泣かないかも」
「それこそ嘘だよ。太裳はきっと静かに泣くよ。私のために泣いてくれる」
「なんでそう言い切れるんですか?」
「・・・・・太裳のことならなんでもわかるよ」
は肩ごしに振り返って笑った。
「遠くに離れても、この伸ばした手がとどかなくても、私は太裳のこと忘れないよ」
・・・・・」
太裳は伸ばされた白く細い手をそっと握った。手の冷たさが身に凍みる。そっと太裳は手の甲に口付けた。
「いつかがいなくなったら・・・・・私は辛くなるでしょうね・・・・・・・晴明様がいなくなってしまうよりも」
いつの間にかここまで愛しいと感じ始めたこの少女。人間の少女だからこそ、想いは捨てなければと思っていたのに・・・・
自分はこの思いを捨てられなかった。いつか胸を引き裂かれる思いをする時が来るということがわかっているのに・・・・・・・
「私・・・・・死んでも星になって太裳のこと見守っているよ」
とどかないなら、せめてあなたのことをいつでも見守れるように。
「でもには触れられないでしょう?」
空の星はどんなに手を伸ばしてもとどかないのに・・・・
「いつかとどくよ」
必死に求めていれば。
「私は・・・・ずっとこのままがいい」
目の前であなたの笑顔を見ていられればそれでいいのに。
「太裳・・・・愛してる」
どんなに手を伸ばしてもとどかない距離にいると知りながら、私は求めてしまう。
「・・・・・・・私もです」
伸ばしてもとどかない。だから余計に愛しくなる。

空の星は 手にとどかない
だから余計に 欲しくなる
いつか失うとわかっていても
求めずにはいられない
何よりも光り輝き 何よりも小さい その命
私のこの手の中にずっと・・・・・