その名を呼んだのは
「せーりゅ」

紅葉のような手をのばして、笑顔でそう言ったのはいつのころだったろうか。

「・・・」

すやすやと青龍のひざに頭を乗せて眠っている紫の横顔に触れた。

「紫・・・・」

「ん・・・・・青龍?」

眠そうな目をこすりこすり、紫が起き上がった。

制服のままで眠ったせいか、乱れまくりである。あとできちんとしわ伸ばしをしておかなければ。

「ふわ・・・ぁ。ずっとそばにいてくれたの?」

膝の上に頭を乗せて眠っているのだから動けるわけがない。

それに・・・・

「あぁ」

「ありがと」

ほんの少しだけいい夢を見た。

それは彼女、小野紫が安倍家に居候してきたときだ。まだ4歳のときだった。

神将たちは紫をひどく可愛がっていた。

うまく言葉を話せない紫に自分の名を教えようと必死だ。

「私の名を一番に呼んでください、紫」

「私です」

「オレだろう?」

「我だ」

「私よー」

誰もが紫の周りに集まっている。

青龍、騰蛇、六合、勾陳の四人は彼らから離れたところにいて様子を見守っていた。

「人気だな」

「小さいやつがたんに可愛いからだろう?」

紫は彼ら四人に気がつくとニコッと笑った。

「あー?」

「どうした、紫」

勾陳が足元に寄ってきた紫を抱き上げる。紫は嬉しそうにきゃっきゃと笑った。

「私の名でも呼んでみるか?」

「あーあー」

「無理だろう」

「なら騰蛇、は?」

「おい、勾!」

「あー!」

紫は何がよかったのか、青龍のほうへ手を差し伸べる。

勾陳は軽く笑って青龍に紫を押し付けた。

「ほら。これは青龍だ」

「あーあ?」

「せ・い・りゅ・う」

「難しいだろう」

「りゅー」

「おっ。これはいけるんじゃないか?」

「りゅー!」

「せいりゅう、だ」

「頑張って紫!」

「せーりゅ?」

軽く首をかしげて紫は言った。

青龍が抱いてやると嬉しそうに笑う。

「ほら、喜んでいる」

紫の明るい色をした瞳が青龍を捕らえた・・・・

「紫、お前がオレの名を呼んだときのことを覚えているか?」

「覚えてません」

紫は髪をほどきながら言った。青龍は背後から抱きしめる。

「青龍、嬉しかった?」

「あぁ」

「・・・・よかった」

「紫」

「うん?」

「お前にオレの名を呼ぶ権利をやる」

「名前?」

「あぁ・・・『宵藍』」

「いいの?」

「お前になら」

最高の宝を、お前の声で聞きたい

心に染み渡る澄んだ声が、至宝を輝かせる