夢で貴方に
その人は私を見てはじめて微笑んでくれた人だった。 名は太裳。私が居候している屋敷の主陰陽師、安倍晴明様の式神だった。 キレイな人だなぁと思った。太裳の中で私が一番お気に入りなのは紫苑色の瞳だ。 じっと見ていると吸い込まれそうになる。 が太裳に出会ったのは数年前。 親に捨てられたを晴明が見つけたときだった。 「子供が・・・・」 「だ・・・・れ?」 「私の名は安倍晴明。お前は・」 「・・・・・・・」 「か・・・・・・親はどうした」 「捨てられた・・・・いらない子だって」 親のことで覚えていることといえば、いつも殴られるか蹴るかされていたことだ。 いらない子だったんだと思う。 「大丈夫ですか」 晴明じゃない別の声がした。誰かに抱き上げられる。 ぼんやりとした視線を上げれば、心配そうな瞳と目が合った。 「・・・・・・・?」 「私は太裳といいます。晴明様」 「あぁ。我が屋敷に参ろう。も疲れているだろう」 「屋敷・・・・・」 途端恐怖が甦る。 「いやぁっ!」 「?!」 「帰らない!!やだっ」 「落ち着いてください、。なにもしませんから」 「いやぁっ・・・・・」 は太裳の肩口に顔を当てて泣きじゃくる。 太裳は優しくその背を撫でた。 「大丈夫ですよ。私があなたを守ってあげますから」 「・・・・・・・本・・・当?」 「はい」 太裳はを見て微笑んだ。 それからだ。が太裳のことを意識するようになったのは。 「、太裳が気になるようだな」 「うん・・・・」 「心ここにあらずといった様子だぞ」 晴明は空を見上げながら、ぼぉっとしているを見て苦笑した。 本人はわかっていないが、実は相思相愛だったりする二人である。 「会いたいか、太裳に」 「ううん。会ったら何するかわからないから・・・・・それに今はまだ気持ちの整理もついて ないし」 「会ったほうがすっきりすると思うが」 「しないわよ」 想いを伝えられないから、会ったら何を言ってしまうかわからない。 「なんとかして言いたいな・・・・」 「手伝うぞ」 「どうやって」 「ようは本物の太裳の前では言えないということだろう?なら練習すればいい」 「練習って・・・・想いを伝える?」 「あぁ」 晴明はニコニコと笑いながら言う。は溜息をついた。 「できたら苦労しないわよ」 「だから私が手伝おうと言うのだ。寝ているときにな」 「・・・・・・・・・なにがなんだか」 「まぁ、今夜を楽しみにしているといい」 晴明の笑顔を見たは背筋を冷たいものが駆け下りていくのを感じた。 恐ろしい養父である。 そしてその夜。 「どうやって手伝うっていうのよ・・・・」 はぶつぶつと文句を言いながら寝巻きに着替える。 「様」 「天一・・・どうしたの?」 「晴明様がこれを枕の下に入れておけと」 一人の神将が差し出したのは一枚の神。 不思議そうに首をかしげるを見て神将は姿を消してしまった。 は仕方なしにそれを枕の下に入れる。そして眠りについた。 「・・・・・・暗い」 ぼそっと言った文句は反響せずに消えた。 「・・・・・・何処?」 「?」 少し驚いたような声がの背後から聞こえてきた。ははじかれたように振り向く。 太裳がそこに立っていた。 「どうしてここに?」 は唖然として太裳を見た。 太裳のほうもひどく驚いている。 「何故・・・・・いるんですか」 「ソレはこっちの台詞で・・・・・・なんで私の夢の中に?」 「の夢の中?」 太裳は首をかしげた。確か自分は異界にいたはずだが、何故の夢の中にいるのだろう。 「でも・・・・」 太裳は微笑んだ。 「ちょうどいいかもしれません」 「なにが?」 「・・・・・一度しか言いませんからよく聞いてくださいね」 「あっはい」 は思わず姿勢を正してしまう。 「愛してますよ」 「・・・・・・・・もう一回」 「一度しか言わないと言ったでしょう」 「もう一回聞きたい。きっと聞き間違いだから」 「・・・・・・・、愛してます」 「・・・・・・・・」 は硬直した。 何故何故何故。 と言った様子で固まっている。 「は?」 「・・・・・・・・・わ、私も好き!」 「よかった」 太裳は微笑んだ。 はしてやられた、と呟く。無論晴明にだ。 「夢の中で告白なんて・・・・」 「、今度はちゃんと起きているときにも言ってくださいね」 「太裳もね」 「はい」 二人は笑いあった。 「晴明様。ありがとうございます」 「無事に会えたか」 「はい」 「それはよかった」 太裳と晴明が組んでいたことなどは知る由もなかったのである。