頑固な口付け
「せ〜め〜〜いっっ!!」
バンッと力強く晴明の部屋の戸が開かれた。
「どうした、
「どうしてもこうしたもないっ!人の邸の前に大量の花を置いていくなっっ家人が誤解をしている!!」
「いいことじゃないか。私のもとへ嫁にこられるんだから」
「誰がお前のもとへなんぞ行くか。寝言は寝てから言え」
不機嫌度最高潮、安倍晴明の同業者は晴明をにらみつけた。
その足元で彼女の式である物の怪が小さく溜息をついている。
「ひどいことを言う。私は本気なんだが?」
「お前熱でもあるのか?」
は自分の額と晴明の額をコツンとぶつけあわせた。
「熱はないようだな」
「恋の熱はあるけどね」
は寒気を感じた。腕を見てみると一面にびっしりと鳥肌が立っている。
「うげ・・・・・」
そう呟いたは晴明から離れた。必死で腕をこすっている。
「あぁもうっ!これからもう一つ仕事だってのに!!」
「また?」
「あぁ。仇し野の悪霊が夜な夜な都を徘徊しては人間を喰らっているって・・・・・・調伏命令がきた」
、君には無理だと思うが?」
「五月蝿い。仇し野の悪霊には何度か家人がやられていてな。今度こそ倒さなきゃ気がすまん」
は来た時と同様、バンッと戸を閉めて出て行った。
晴明のそばにいくつかの影が浮かぶ。
「仇し野の悪霊・・・・・・・」
“晴明様、様の右腕・・・・・・”
「あぁ気がついている。瘴気がたまっていた。あれでは相当辛いだろうに・・・・」
無理をして晴明に顔を見せに来ている。心配させないために。
「やれやれ・・・・・・本当に頑固なんだから」
まぁその頑固なところも彼女のいいところなんだけど、と思ったことなど神将たちには内緒だ。
「さて・・・行くか。に死なれてはこの先退屈で退屈で仕方ない」
晴明の言葉に苦笑を漏らしながらも神将たちは従った。

仇し野にたどり着いたはじっと中央をにらみつけた。モコリ、と黒い影が盛り上がる。
「出たか・・・・・」
チャキリ、と霊力をしみこませた宝刀を構え、は黒い影をにらみつけた。
ニタリと影の口にあたる部分が三日月形に歪んだ。
「何人もの人々の命、奪ったことを今日こそ後悔させ・・・・・ぐっ?!」
は地にひざをついた。目の前はふらついて上手く立ち上がれない。
視界の端で怨霊が笑みの形に顔を歪めたのがわかった。
“よくこれだけの日数、瘴気に耐えていられたな。がそれも今日で終わり。お前を食えば、わしの霊力は戻る!”
怨霊がを喰らおうと襲ってきた。あいにくと式は置いてきた。
一人だけで怨霊を調伏したかったのだ。はギュっと眼を閉じる。
『皆・・・・・・ごめん』
脳裏に家人の顔が浮かぶ。そして・・・・・・晴明の顔も。
『晴明・・・・・』
怨霊がを食おうとしたそのとき!
「オンアビラウンキャンシャラクタンッ」
鋭利な声があたりの空気を震わせた。そしてギャァァァァという叫び声も聞こえる。
はその声に眼を開け、そして瞠目した。
「晴・・・・・明」
白い水干姿の青年がの前に立っていた。
晴明だ。
彼は肩越しにを振り返って笑う。
、無理しなくていい。私は君の頑固さを知っているからね」
「晴明・・・・・」
「私に任せて」
の瞳に涙が浮かび上がった。
をそれを拭くとフラフラしながら立ち上がる。晴明が驚いたように口を開くがに止められる。
「晴明が来てくれたおかげで、何とかあいつを倒せそう・・・・晴明、ごめん、あいつを倒すのは私の役目だ」
晴明が見たの表情はすっきりとしていた。
晴明はその唇に微笑みを浮かべた。
「ならば私は君を手伝うだけにしよう。それでいいかな?」
「あぁ」
二人はコツンとこぶしを当てあった。は剣先を悪霊へと向ける。
「いくぞ」
「あぁ」
晴明は呪を唱え始める。も霊力を剣にこめる。
悪霊が二人を倒さんと体勢を立て直した。
「いけぇぇぇぇぇ!!」
二人の霊力の塊が悪霊にぶつかった。
断末魔の叫び声をあげ、悪霊は粉砕する。の足から力が抜けた。
!」
「晴明・・・・・・ありがと」
「・・・・どういたしまして、
はゆっくりと眼を閉じた。晴明はその体を抱き上げると邸へと運んでいく。

は眼を覚ました。見れば晴明の式神が自分を覗き込んでいた。
「晴明、が眼を覚ましたわよ」
「そうか。気分はどうだい、
髪を降ろした晴明が笑顔でに問いかける。はそっと晴明の頬に手を伸ばした。
「晴明・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・・・ありがと」
「・・・・・それは何度も聞いたよ
「ならこれは初耳だろう・・・・・・好きだ」
「・・・・・・知っているよ。君は本当に頑固だから言わないだろうなぁ、とは思っていたけどね」
「頑固はお互い様だ・・・・・」
「私は頑固じゃないさ、。まぁ時折我を通そうとはするけどね」
「そういうのを頑固って・・・・・」
パタリとの手が落ちた。晴明は慌てての口に手を当てた。
小さいながらも息をしていた。晴明はの頬に愛しそうに手を当てた。
「私は好き以上に愛しているよ、・・・・・」
そしてそっと唇を重ね合わせるとを起こさないように部屋を出て行った。
後日、その様子を見ていた式神からことを聞いたは顔を真っ赤にしながら晴明を追い回したという。
神将たちも式神も苦笑しつつ、その二人の様子を見守っていた。