落し物?2
それから何日か、神将で交代に赤子の面倒を見ていた。赤子は凶将騰蛇が面倒を見ることになっても泣きはしなかった。
そしてあるとき、赤子の面倒を見ることになったのは玄武と太陰だった。
「見てみて、玄武・・・・・・可愛いわねぇ」
「そうだな」
春樺と名が決まった赤子はすやすやと寝息を立てていた。
太陰はそのそばで横になりながら、春樺の寝顔を見ている。
玄武は外を向いて、はっとした。庭に誰かが立っているのだ。
"返して・・・・・私の子を"
薄っすらとした女の姿だった。向こう側の景色が透けて見えることから彼女は生きている者ではないことがわかる。
彼女は春樺へむけて手を伸ばした。
「触らないでっっ!」
太陰が巨大な竜巻を女にむかって放つ。女は竜巻が当たる前に姿を消した。
玄武が女の立っていたところにむかうと、そこには無数の花びらがあった。

「これは・・・・・・木蓮の花だな」
「木蓮?」
晴明は玄武から受け取った花びらを見て眉根を寄せた。やっと思い出した。
安倍家の近くに荒れ果てた邸があった。そこに巨大な木蓮の木があったのだ。
晴明はその邸に住み着いた怨霊を調伏し、その帰りに木蓮の精だという女に出会ったのだ。
"安倍晴明様ですね・・・・・・ありがとうございます、怨霊を調伏してくださって・・・・・"
女は小さく笑んだ。
"あの怨霊の放つ瘴気によって私の赤子が弱まっていたのです。助かりましたわ"
女の腕には小さな赤子が抱かれていた。
"この子が生きていれば新しい木蓮の木ができる・・・・・綺麗な花をたくさん咲かせられます"
女は言った。
"あなたにお孫様ができたとき、私から贈り物をさせてくださいませ"
「ありがとう・・・・・」
そう言った。
春樺はあのときの赤子にそっくりだった。もしかしたらあの赤子は木蓮の精の子供かもしれない。
「玄武、春樺をつれて来い。少し向かうところがある」
神将を引き連れ、春樺を抱いて晴明はあの荒れた邸へむかった。
木蓮の木のそばに女がいた。
"晴明様・・・・・・・あぁ私の子・・・・・・"
女は晴明の抱く春樺に目をつけると愛しそうに抱きしめた。
「やはり、あなたの子でしたか」
"えぇ・・・・・実は妖にこの子の力を目につけられ必死で逃げているとき、あなた様のことを思い出したのです"
見れば女の体のいたるところに小さな傷があった。
「その・・・・・春樺という名をつけてしまった・・・・・・・・」
"春樺・・・・・・・かまいませんわ、私たち木蓮は春先に花を咲かせますもの・・・・・・・よかった、この子はまた花を咲かせられる・・・・・・・・"
「妖はどうなさったのです?」
"まだ・・・・・・・・狙っていますわ"
「ならば私が調伏しておきましょう」
"ありがとうございます"
神将たちは名残惜しそうに春樺を見ていた。朱雀でさえも名残惜しげに見ていた。
いつの間にか春樺がいる邸が当たり前になっていたのだ。
女はそれに気がつくと優しく微笑んだ。
"いずれ・・・・・・いずれこの子が成長したら、また晴明様のもとをうかがわせますわ・・・・・・そのときはまたよろしくお願いいたします"
女はそう言うと木蓮の木に消えた。晴明は神将をむくと笑った。
「さぁ戻ろうか・・・・・」

そしてそれから十数年後のある春の日・・・・・・・
「ん」
書き物をしていた晴明はふと顔をあげた。
庭に紫がかった白い花びらが舞っているのに気がつく。
それを見るとふっと顔に笑みを浮かべた。
あの木蓮の精は約束を守ってくれた。子供、孫が一人産まれるたびに美しい木蓮の花を枝ごと赤子の枕元に置いておいてくれたのだ。
末孫が産まれてから、しばらく・・・・あの木蓮が懐かしく感じた。
「春樺は元気かの・・・・・」
一時期預かった木蓮の赤子を思い出す。
「あのぉ、晴明様のお邸はこちらですか?」
門のところで声が聞こえた。末孫がそちらに向かったようで、声が聞こえる。
やがて足音が晴明の部屋にむかってきた。
「じい様、じい様に客人が・・・・・」
末孫が顔を出した。その着物の袂には白い花びらをつめた守り袋が下がっている。
末孫のあとから顔を出したのは可愛らしい少女だった。あの木蓮の精に顔が似ている。
「安倍晴明様ですね」
「そうじゃ。お主は・・・・・・・木蓮の精の子供じゃな」
少女は嬉しそうに笑った。
「はい。春樺です」
晴明の前に座った少女―春樺はニッコリと微笑んだ。晴明の後ろにいくつかの姿が顕れる。
「神将の皆さんまで!お元気そうで何よりです」
「春樺ッ!会いたかったぁ!!」
太陰が春樺に飛びつく。玄武が小さく溜息をついたのがわかった。
春樺は太陰と抱き合った。
「ところで・・・・何をしに?」
「母様から晴明様にお礼を言ってきなさいって言われて、それから・・・・・・・・しばらく居候させてもらいに」
末孫と晴明は唖然とした。神将の顔は輝く。
「というわけで宜しくお願いしますっ!」
晴明はショックから立ちなおるとにこやかに末孫に告げた。
「昌浩、彼女は木蓮の精じゃ。気分を害してはいけんぞ」
「・・・・・・・・はい」
末孫は春樺を顔を合わせると笑った。
それから一年ほど、安倍家の邸には年中美しい木蓮の花が咲いていた。
神将と晴明は春樺をまたまた可愛がった。
春樺は木蓮の精として今までのお礼として安倍家に木蓮の木を植えた。
そしてまた遊びに来ることを約束して木蓮の木へ戻っていった。