約束の証
紅蓮は幼い昌浩の面倒を見ながら外を見た。「・・・・・・・誰だ?」
安部邸は晴明の結界で守られている。
その結界に何かが触れている。
「昌浩に会いにきたの」
随分と幼い声が聞こえてきた。
「昌浩の面倒を見に来たの」
「誰だ?」
「。晴明様のお手伝いを兄上がしているから、私は昌浩の面倒を見るの。晴明様もいいっておっしゃったわ」
紅蓮は塀にのぼると下を見た。
「・・・・・・・」
そこにいたのは昌浩よりも少し上くらいの少女だった。黒く長い髪は美しい装飾が施された櫛でまとめられている。
漆黒の瞳が紅蓮を見上げていた。
「あなた・・・・・・・普通の雑鬼じゃないわね」
少女は紅蓮を見上げて言う。紅蓮が見えているのなら見鬼の才を持っているのだろう。
「その紅の髪、とても綺麗ね」
少女はニッコリと紅蓮に笑いかけた。
「入っちゃダメ?」
小さく首をかしげるとシャランと涼しい音がした。少女の髪を結っている櫛の飾りがなったのだろう。
「昌浩に会いたい・・・・」
「何もしないか?」
「うん」
「・・・・」
紅蓮は無言で少女を抱え上げると中へ入った。紅蓮にはどうしても少女が嘘をついているとは思えなかったからだ。
「昌浩・・」
「っ!」
昌浩は少女の姿を見つけると嬉しそうに笑った。
「はいこれ。兄上が昌浩へって」
少女は小さな鏡を昌浩へ渡した。昌浩は興味津々といった様子で鏡を見ている。
「そういえばあなたの名前を聞いていなかったわ」
少女は紅蓮に向き直った。
「私は。あなたは?」
「十二神将がひとり、騰蛇」
「あぁ晴明様の。よろしくね、騰蛇」
「・・・・・・・あぁ」
はそれからちょくちょく安部邸へ来た。彼女が来ていることを晴明も知っているらしく、特に何も言わなかった。
時はすぎ、と紅蓮が出会って何年もあとのある冬の日のこと
「・・・」
紅蓮はの様子に気がついた。
「どうした?」
は暗く沈んでいる。俯いていて表情はわからない。が昌浩の着物のすそをぎゅっと握る手に力がこもっていた。
「・・・・・・」
「何か・・・・あったのか?」
「・・・・・・あのね、私・・・遠くへ行かなきゃならないんだって・・・・・」
「遠く?」
「うん・・・・・・大宰府ってとこまで・・・・・父様と兄上がお仕事で行くんだって。母様も行くから私もって・・・・・・」
よく見るとは泣いているようだった。
「せっかく騰蛇と会って仲良くなれたのに・・・・・・離れるなんてやだ・・・・・・・」
紅蓮は何も言えなかった。
「寂しいもん。騰蛇に会えないの・・・・まだ私何も言ってないのに・・・・・・・」
「・・・・・」
「私、騰蛇が好き・・・・・なのに・・・・・離れたくない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紅蓮は後ろからを抱きしめた。肩が小さく震えている。
「私、騰蛇が好きなの・・・・・・だからずっとそばにいたいの。十二神将と人の寿命が違うことは知っている。でも・・・・・私は騰蛇のそばにいたい」
紅蓮のを抱きしめる腕に力がこもる。
「・・・・・オレは・・・・・」
「私・・・・・・絶対戻ってくるから・・・・・だから・・・・・・」
紅蓮はを問答無用で振り向かせると、その柔らかい唇に口付けた。
「・・・・・・・・騰・・」
「紅蓮だ・・・・・・・・これからはそう呼べ」
「・・・・・・」
は眼を見開いて紅蓮を見た。
「オレのもう一つの名だ。これは晴明と昌浩・・・・・そしてお前しか呼ばせない」
「と・・・・・紅蓮・・・・」
「・・・・・・オレはお前のことを愛してる。だから・・・・・絶対に戻って来い」
「・・・・・・うん」
紅蓮はの首筋に顔を近づけると強く噛んだ。
「・・・っ」
「少し痛かったか?」
「ん・・・」
「悪い・・・・・でもこの傷・・・・オレとお前との約束の証だと思ってくれ」
「約束の証?」
は首をかしげた。紅蓮は血のにじむ首筋に手を滑らせながらうなづいた。
「必ず戻って来い。・・・・オレはお前のことを待ってるから。その証が消えても俺は待つ」
「・・・・・・・うん」
はその翌日大宰府へむかった。
昌浩は十三歳になった。一度は封じられた見鬼の才も元に戻った。
そして紅蓮は白い物の怪に姿を変え、昌浩のそばにいる。
「もっくん・・・・・のこと覚えてる?」
「あぁ。というかもっくん言うな」
「オレさ・・・・のことぼんやりとしか覚えてないんだけど、でも・・・・・・すごく可愛い笑顔でオレのこと見てくれたのは覚えてる」
「光みたいな奴だったな」
「うん」
「昌浩や」
「じい様・・・・」
晴明が部屋の入り口に立っていた。
「何か?」
「と紅蓮。ちょっと儂の部屋に来い」
昌浩は顔をしかめた。どうせまためんどくさいことを押し付けられるのだろう。
「はいはい・・・・」
昌浩は立ち上がると物の怪を抱き上げて晴明の部屋へむかった。
「じい様、きまし―――・・・・・・・・」
昌浩は驚きのあまり物の怪をその腕から落としてしまった。
「ぶっ・・・・」
「昌浩や・・・・」
晴明は呆れたような顔で昌浩を見ている。部屋の中には晴明とそのそばに美しい女が座っていた。
「・・・・・・?」
「久し振り。昌浩」
「だとっ?!」
物の怪がガバッと顔をあげた。美しくなったは不思議そうに首をかしげる。
「えっと、晴明様?この物の怪は・・・・・」
「紅蓮じゃよ。訳あってこの姿でいる」
「紅蓮・・?」
「あぁ・・・・・」
物の怪はにすりよった。
「久し振り。ねぇ紅蓮・・・私、やっと戻ってこれたのよ」
「・・・」
「長かったけど・・・・・・・・でもやっと会えた」
「あぁ・・・・・」
晴明と昌浩はそぉっと部屋から出て行った。直後物の怪の姿がたくましい青年の姿へ変わる。
「紅蓮・・・・・・・」
「・・・・」
紅蓮は強くを抱きしめた。も紅蓮の背中に手を回す。
「会いたかった・・・・・・・ずっとあなたのことしか考えてなくって・・・・」
「・・・・」
紅蓮は首もとの傷に気がついた。
「これ・・・」
「うん、消える前に戻ってきたよ。これからは半永久的に一緒」
「はっ?お前、家に戻らなくても・・・」
「あのね、父様が大宰府を気に入って兄上と母様と残るって。でも私は紅蓮のそばにいたいって言ったの。そうしたらなんか勝手に恋人やらなんやら騒いで。でもそのことがすごく嬉しかったみたいで・・・・・・・私晴明様に手紙を出したの。そうしたらここに住んでもいいってお返事がきて。そのあと神将の一人が迎えに来てくれたの」
「誰だった?」
「白虎っていうの。風で運んでもらったわ」
は嬉しそうに話しつづける。
「私・・・・・・・紅蓮のそばにずっといられるのね」
「・・・・・・本当か?」
「うん」
紅蓮はを強く抱きしめた。
「嘘みたいだ・・・・・すごく・・・嬉しい」
「うん」
戸の外で2人の会話を聞いていた昌浩は晴明のほうをむいた。
「じい様・・・・・」
「なんじゃ?」
「実はの両親にじい様が話して・・・・ってことないですよね?」
「あるわけないじゃろう」
晴明は飄々として笑った。昌浩は晴明を睨みつけると、中をちらりと覗いた。
紅蓮とは嬉しそうに笑い合っていた。