「天照が?」

の言葉に螢斗がうなずく。

"お前に会いたいそうだ"
「そんなこと言って持ち帰るつもりではあるまいな」

そう言ったのは翡乃斗だ。は苦笑した。
天照ならやりそうなことだ。現に弟の月読はやったことがある。

「わかった。でいつ?」
、行くつもりなのか」
「うん。月読なら考えたけど天照なら何もなさそうだし」

翡乃斗は口を閉じている。直属の部下としても思うところはあるらしい。

"、一つだけ条件を飲め"
「うん?」
"天照に食われかけたら問答無用で蹴れ"

は笑いを噛み殺しながらうなずいた。螢斗はそれで満足したらしく、欠伸を一つこぼすと眠ってしまった。
そういえば日時を聞いていない。まぁ、聞いたところであの天照だ。
唐突に来るだろう。

「翡乃斗、だよね」
「なにがだ」

黒い尾を一振りし、翡乃斗がを見る。

「天照のこと。唐突に来る」

の言葉が途切れた。翡乃斗は丸く目を見開くものの、小さな溜息をこぼしただけであとは何も言おうとはしなかった。

「あっ、天照?!」
「久しいな」

唐突に来た。
腕の中でげんなりとしたを天照は不思議そうに見た。
ちなみに今いる場所はどこぞの貴族の家だ。既にお決まりである。

「唐突に来るわね」
「月読に見られないよう配慮してのことだ」

確かにの恋人月読命は夜の神だ。
その彼が仕事をしている間・・・・・夜ならば、見られることはない。

「にしても何でいきなり会いたいだなんて」
「何故だろうな。われにも分からん」
「天照・・・」

溜息をついたの首筋に唇を落とし、天照は微笑んだ。

「ただ・・・お前の笑顔を見たかったのだと思う」
「天照」
「今宵は我とともにいてくれるな?」

はうなずいた。
天照はに口付けを落とすとゆっくり手をつないだ。

「頑張っているようだな」
「皆に不安を与えたくないの」

天照は苦笑した。こういうところが月読のつぼに入ったらしい。
その気持ちはわからなくもない。

「無理するな。お前は普通の人間なのだから」

天照の言葉には小さく微笑んだ。
天照はの頬に手を滑らせ、耳に唇を寄せた。

「そのように微笑まれると抑えが利かなくなる」
「あっ、天照・・・・!」
「どうした?」

は小さな溜息をついて天照を見た。
彼は穏やかに微笑んでいる。それを見たは反論するのをやめた。

「嘘だ。お前には興味あるが、手に入れようとは思わない。月読がいるからな」

は無言で赤くなった。天照は低く笑う。
楽しそうだ。

「天照にはそういう人いないの?」

天照はの問いかけに首をかしげた。

「あまり考えたことはないな」
「ということはいないのかな」
「いや、気になるものならばいる」

の瞳が好奇心に輝いた。

「誰?」
「知りたいのか」
「ちょっと気になる」

天照はの腰を引き寄せた。

「我を感じさせるというのならば教えてもよいが」
「い・や」

はつんとそっぽをむいた。
天照は苦笑する。

「冗談だ。我が気になるのはお前だけだ、
「私?つくづく思うけど変わった趣味よね、あなたも月読も」

はそう言って笑う。そして小さなくしゃみをした。
天照はそれに気がつくとの肩に腕を回して抱き締めた。

「寒いか?」
「ううん、天照があったかいから平気」
「そうか」

二人はしばらく空を見上げていた。
やがて天照は寝息を立てたを見た。

「お前は本当に無理をしすぎなのだ。心配させるな、・・・・」

そっと額に口付けを落とし、天照はを抱き上げた。軽い体だ。

「翡乃斗、螢斗」
「早かったな」
が眠ってしまったからな」
"肝心のコトバは言えたのか"
「いいや」

天照は首を振った。もう言わないことに決めたのだ。
あの月を見上げるの顔を見てしまったら、言っても悲しそうに顔を曇らせてしまうだろうと思ったから。

ならわかっているさ、きっとな」

天照は眠るを見ていたが、やがて立ち上がった。

「そろそろ夜が明けるな」
に言伝は」
「必要ない。用があれば出向く」
"迷惑な"

螢斗のコトバなど叱咤ことではない。
天照は小さく笑うと光の筋となって消えたのであった。

「愛しているとただ一言だけなのに、こんなにも言いにくいものだとはな・・・」

自らの宮に戻った天照は小さくつぶやいた。
少しだけ自由に愛を囁ける月読が羨ましく思う。

「馬鹿なものだ。あれに何か言ったら抑えることができなくなるのはこちらなのに」

天照は酒盃を目の高さまで持ち上げた。
口元に笑みを浮かべ、つぶやく。

「日と月の加護ある娘に最高の幸せを」