紫は桜の木を見上げていた。結われずに流している髪が風に遊ばれる。
浅葱色をした輝かしい髪だった。大きな瞳は軽い碧が含まれていて、見るものを虜にする。
「」
そんなの名を呼ぶ声が背後から聞こえた。
は笑顔で振り向く。桜の花吹雪のむこうに愛してやまない青年がいた。
「兄上」
「よくも飽きずに桜を見ているのだな・・・・・・何が面白いんだか」
「ふふ、そんなことを言わずに兄上もじっくりと見られたらいかがですか?少しは桜の美しさというものがお分かりになりますわ」
の言葉に青年は小さな笑みを漏らした。青年はの髪に触れると一房に口付けた。
「どうやら私はから離れなければいけないらしい」
「えっ?」
「つい先刻・・・・・私は外戚の謀反の疑いを掛けられた」
「兄上がそんなことなさるはずありませんわ」
「あぁ。しかしどうしても私をこの宮廷から追い出したいやつがいるらしい」
「それで・・・兄上のご処分は・・・・・」
「流罪だ」
の目の前が暗くなった。青年は崩れるの身体を抱きとめた。
力なく震える華奢な身体は少し力を入れるだけでも折れてしまいそうだった。
「嘘でしょう?兄上・・・・流罪なんて」
「嘘なんかではない。本当のことだ、」
「いやです!兄上がこの宮廷からいなくなるなど・・・・私には耐えられません」
「・・・・」
「私もお連れください!兄上の足手まといにはなりませんから」
「だめだ」
「兄上・・・」
青年はを抱きしめる。は泣きながら青年の抱擁を受け入れた。
「はここにいるんだ」
「イヤです・・・・兄上がいない宮廷などなんになりましょう?私にとって毒以外の何者でもありませんわ」
「劉輝はどうする?がいなくなればあれも悲しむ」
「・・・・・・・兄上は私の弱点を良く知っていますのね・・・・」
青年は苦笑しつつ、の頬に指を滑らせた。
の頬は軽く朱に染まる。その頬につつっと涙が伝った。
「どこにいたって、お前を想う気持ちは変わらない」
「・・・・・当たり前ですわ」
「いつまでも愛してる・・・・」
「私もです・・・清苑兄上・・・」
薄れ行く意識の中では優しい口付けを感じたのだった。
眼が覚めた時、既に兄清苑公子はいなかった。
「・・・・・・」
はぼんやりとして起き上がった。
唇に指を這わせれば、熱が感じられた。
「未練がましいものですね・・・」
「・・?」
「あぁ鳳珠、起こしてしまいましたか」
今はという名で呼ばれているは傍らに眠る夫へと目を向けた。
「すみません・・・・・少し夢を見まして」
「昔の夢か?」
は首を振ってその言葉を否定した。
身体を起こした夫はの身体を抱きしめる。
「鳳珠・・・」
「・・・寒いだろう?」
「えぇ・・・確かに。少しばかり」
そう言うと夫はを強く抱きしめ、また横たわった。
「鳳珠・・?」
「まだ朝までには時間がある。ゆっくりと眠れ」
「はい」
優しいぬくもりにまどろみながら、はゆっくりと眠りに落ちていった。
そして二人はまた、桜の下ではじまりを告げられるのだ。