聖なる夜に
「あなたが、サルビナ家のお嬢さんですね」パンドラ司祭と向かい合ったはうなずいた。
「して、私に助けてほしいことは」
「サルビナ家とティグリノス家の不和のことは承知しております。でも、私はルシファーとともにいたい・・・・どうか助力を願えませんか」
「ですが、ティグリノス家のルシファーはこの街を追放されたはず・・・」
「私はあの方のそばにありたいのです。どうか、お力を」
パンドラは真摯な願いにうなずいた。
そしてにある薬を渡したのである。
それは飲むと42時間の間だけ、仮死状態になれるという薬であった。
何故司祭のパンドラがそんなものを手に入れられるのかというささやかな疑問はほうっておき、はそれを受け取った。
大事なそれを胸に抱いて、パンドラの計画を聞き、夜半すぎに邸へと戻ったのである。
部屋で待っていたシンとレイに計画を話すと二人とも喜んだ。
「はルシファーのもとに行けるのですね」
「はい。ですが、あなたたちは・・・・」
「私達はあなたが仮死状態に入ったと同時に暇をいただきます。私達はもともとあなたに仕えるためにいたのですから、そのあなたがいなければ意味がありませんし」
「すみません・・・・・・」
「いいえ」
はベッドに横たわるとパンドラからもらった薬を一気にあおった。
頭の奥が揺れたかと思うとすぐに意識がなくなる。
翌朝、ベッドの上で冷たくなっているを見つけたのは、シンであった・・・・
パンドラはの死を、町を出て行ったルシファーに伝えるように言伝た。
だが、ルシファーにそれは間違って届いたのである。
「・・・・・・ッ!」
ルシファーが入った聖堂の奥には白いヴェールに包まれたの遺体があった。
ルシファーはよろよろと近寄り、膝を突く。
「・・・・私の、・・」
ヴェールを取り去り、冷たい唇に震える指で触れた。
「、私は何のためにお前と別れのか・・・・すべてはサルビナ家とティグリノス家の不和の原因を探ることにあったのに・・・・・」
白い指先に口付け、ルシファーは懐から瑠璃のビンを取り出した。
「今、私もそちらに行く」
そういうとルシファーはいっきに瓶の中身をあおった。直後苦しみだす。
苦しみにあえぐルシファーの眼はいっきに視力を失い、の姿が見えなくなった。
ちょうどそのとき、は起き上がっていたのだ。
「ルシファー・・・・・・・・・?」
は小さく呟いた。眠っていた台から降りて、横たわるルシファーの体に触れた。
「ルシファー?どうしたのですか・・・・ルシ・・・・」
はルシファーの口元に触れた瞬間ついた赤いものに気がつく。
そして恋人が息をしていないことも。
「いや、ルシファー・・・・・なんで、何故、あなたが死んでしまうのです!」
はルシファーの胸に顔を押し付けて泣いた。
「せっかく、あなたとともにいられると思ったのに・・・・・何故!」
はルシファーの服に隠されていた短剣に気がついた。
「・・・・・・・今、死ねば、あなたのそばに行けるでしょうか」
窓から差し込む月の光によってきらめく刃をは見た。
つっと一筋の涙をこぼし、は刃を胸につきたてる。
白い服がいっきに赤に染まった。
「ルシファー・・・・・もう、離れないで・・・」
はルシファーの体の上で息絶えた。
翌朝、の体を埋葬するためにやってきたサルビナ家の人間たちは驚いてこの二人の遺体を見つめた。
パンドラがティグリノス家の人間達を連れてやってくる。
「哀れな恋人たち・・・・これで、自分たちが争っていたことがどんなに愚かだったことかよくおわかりでしょう。彼らのためにもあなたたちは争うべきではないのですよ」
二つの家の当主は和解を申し出た。
おりしもその日は、とルシファーが互いに永遠を誓おうと決めていた日でもあったのである。
この世で結ばれなかった二人を、来世では結ばれるようにとの願いを込めて、二つの家は同じ墓に二人を埋葬したのであった。