血
その瞳には強い光を宿していた。
紅の瞳は真っ黒な憎悪に燃え上がり、私をにらむ。
「お前は私の家畜だと言わなかったか、ラキ」
「誰が・・・・・・・・誰が貴様のっ」
強くにらんだ瞳が好ましい。両腕を背で縛られているせいか、身動きがとれず、ただにらみつけるだけしかできない、愚かな天使。
「ゼウス・・・・・・・俺がお前のものになれば、ユウラは解放するといっただろう」
「そうだったか?」
「てめぇ・・・・・」
ラキはゼウスをにらむ。ゼウスは口元をゆがめるとラキの顎に手をかけた。
ラキは何もできない自分に悔しさを感じた。大切な自分の片割れ、ユウラを目覚めさせるまで、こいつを満足させなければいけないのだ。
「てめぇが、てめぇがユウラを殺したようなものだろう!」
「・・・・・・」
「何も、何も知らないでお前がユウラを殺した!!あいつが、あいつが願ったのは今のお前じゃない。元のお前に戻すためにあいつはすべてを使い切ったんだ」
ラキに深く口付け、すべての反論を封じ込める。ラキはガリッとゼウスの唇をかんだ。
「っ・・・・・・・・貴様」
「ユウラが戻ってこないのなら、俺は死んだ方がましだ」
「望みどおりに殺してやろうか」
ラキはゼウスをにらんだ。何も恐れない瞳。強く引き結ばれた唇。かの美しい天使と似通った美しい面差し。
だがその瞳は暗く、細い。髪色は銀よりも黒い。どこまでも深い真っ暗な闇を思わせる。
「ラキ、私のものとなれ」
「なるか。俺は誰のものでもない。俺はおれ自身のものだ」
「ユウラがどうなるかわからないが?」
「っ、てめぇ・・・・・・・」
ラキの体が寝台に押し倒される。ぎりっとラキは歯噛みした。
今は神殿の最奥で眠りにつく片割れを想う。
『ごめん・・・・・・ごめん、ユウラ』
穢すことを、この地を、この神を、お前の愛したすべてを血で染め上げることを。
ラキの瞳がゆっくりと赤く染まった。
そのあとのことは誰も知らない。
「ユウラ・・・・」
「ん・・・・」
深き神殿の闇で眠りについていたユウラは懐かしい声に目を開けた。
いったいどのくらいの時が流れたのだろう。そして、大切な片割れはどうしているのだろう。
薄っすらとぼやける視界の中で金色と銀色の光を見つけた。
「ユダ、ルカ」
「起きたな」
「なんで・・・・・あなたたちは地獄に」
「ゼウスが死んだようだ」
「えっ・・・・・」
銀に輝く瞳が驚きに眼を見開いた。
「ラキが、お前を救うために・・・・」
「ラキ・・・」
ユウラはヨロヨロと立ち上がると神殿から外に出て行く。そしてその光景に息を呑んだ。
あれほどまでに美しかった天界が一面紅に染まっているのだ。それがなんなのか聞かなくてもわかる。
「生きているのは私達だけなのですか」
「あぁ・・・・」
「そんな・・・・・・」
声の端々から絶望が滲み出している。ユウラの背後にいるルカとユダは何もいえなかった。
いえるはずもない。これはユウラが求めた光景ではないのだから。
「・・・・・どうしましょうか、これから」
「ユウラ・・・・・・・」
「ゼウス様もいない。恐らく十二神も。天使たちは私達を除いて皆死んだ。他に何をしろというのでしょう」
ユウラは一滴の涙をこぼした。もう誰も残っていないのだ。
「・・・・・新しい天使を作りましょう、ユダ、ルカ。闇と光の属性であるあなたたちがいれば不可能なことではないはずですから」
「ユウラ、正気か?」
「えぇ。やってみましょう。この天界をまた、美しいものにするために」
ユウラの決意に二人の天使はうなずいた。ユウラはかすかな笑みを浮かべると彼らにむきなおった。
そしてそれから何百年もの月日が流れたある日のことである。
「あぁ、起きましたか」
ユウラは寝台に半身を起こして呆然とする天使を見た。
ユウラの背後からユダとルカも顔をのぞかせる。
「おはようございます、"ゴウ""レイ""シン""ガイ"。あなたたちが目覚めるのを待っていましたよ」
「あなたたちは・・・・」
「私はユウラ。こっちはユダとルカといいます。さぁ、起きたらこちらへ。あなたたちの住む世界を案内しますよ。まだ他の天使たちは目覚めていませんし、寂しかったのです」
ユウラの微笑みに首をかしげた四人の天使たちは小さく笑みを浮かべた。なんだかとても懐かしくて気持ちいい。
ずっとこれを待っていたのだと想う。
天界が血の海になってからユウラとユダとルカは奮闘した。
血をなくし、天使たちの死体を埋葬し、彼らはやがて天使作りへと進んだ。
天使あらざるものを生み出したときには、ユウラがそれを滅した。
そのときのユウラの頬には涙が伝っていたという。
やがて彼らは天使を生み出した。天使から天使が生み出されたのだ。
ゆっくりとユウラは空を見上げた。そこに今はもういないかつての仲間の面影を見たような気がしたのだ。
「後悔しているのか、ユウラ」
「まさか。そんなわけないでしょう?」
「そんなに泣きそうな顔になるな。私達もお前と同じ罪を負っているのだから」
「罪ですか・・・・・・えぇ、そうかもしれませんね。血に塗りつぶされた、罪」
それはたった一つの願い。
罪に濡れてもなお、輝く瞳。
・・・・・・・ただの自己満足かもしれないが。
「それでも求めてしまうのですよ」
血で濡れた道を歩むことになっても、きっと後悔はしないだろう。