水
シンは森の中で泉を見つけた。本当に天界にはたくさんの泉があるのだ。何気なく足を運んでみると淡い紫の髪を持った天使と出会った。
いや、出会ったというのは語弊があるかもしれない。シンはただ見ただけというべきだろう。
「そうだね、最近のゼウスは本当に横暴がひどい。あぁ、誰もが不満を抱えているのだろうね」
誰と話しているのかと思って天使を良く見てみると驚いた。その天使は誰と話しているわけではなく、水と話しているのだ。
水はまるで意思を持っているかのように動き、天使のまわりを取り囲んでいる。
「ユウラ様はほとほと迷惑なさっているだろうに、そんなことをおくびにも出さない。いや、出せないのかな」
天使は首をかしげて水にたずねた。水はゆっくりと天使の周りを動く。
「うん。さっきから気がついてるよ。ねぇ、そこの木陰の天使、出てきたら?」
シンは驚いた。が、その天使はシンを攻撃するわけでもなく、ただじっと見ているだけである。
「いつから・・・・・」
「君が来たあたりからかな。あぁ、君が六聖獣の玄武だね」
「えっ」
「はじめまして、だよね」
天使は立ち上がって微笑んだ。微笑むと茶色の瞳が日光の光に煌いて明るさを増す。
「ボクはの。今見たとおり水と話すことができる能力を持っているんだ」
「お察しの通り、私は六聖獣がひとり玄武のシンです。あなたは上位天使なのですか」
「さぁ。どこの部類に入るんだろう。僕らはまだランク付けされていないからね」
「僕ら・・・・・・?ということはまだ仲間が」
「いるよ、たくさん。とはいってもキミ達六聖獣にプラス五人くらいなんだけどね」
と名乗った青年はシンに微笑みかけた。
「君は水の属性なのかな?」
「いいえ、私は風に属します」
「そっか。水たちが君の事を気に入っているみたいだったからそうなのかなと思ったんだけど。でも風ならボクと同じだね」
はそう言って笑った。水たちが彼にうなずくように渦を巻く。
「先ほど、ユウラ様のことをおっしゃっていましたが・・・・・・」
「あぁ。あの人は僕らにとって命の恩人みたいな方だから」
「どういう意味です」
「そのうちに知るよ。それじゃぁ僕はこのへんで。またね、シン」
は森の中へと姿を消す。シンが止める間も無くだ。
水はが去ると同時にもとの水へと戻った。
「シン、どうした?水ばかり見て」
「ユダ・・・・いえ」
シンは顔を曇らせた。水を見るたびにあの天使が思い出されてならない。
水とともに戯れ、そしてシンの心を乱していった天使、の。
また、と言っていた。また会えるのだろうか。あの綺麗な紫の髪を持つ天使に。
シンはゆっくりと泉へ手を差し入れた。
「もしもあなたたちが私の面影をあの人に見せることができるのなら、お願いします・・・・・・なんて、ばかげてますね」
シンは立ち上がるとユダに微笑みかけた。
「行きましょう」
「あぁ」
シンとユダの去ったあとの泉に風もないのにさざ波がたった。
波紋が広がっていく水面にの顔が映り、微笑んだことは誰も知らない。