離れ離れの夜
それは満月の美しい夜でございました。黄家のある一室から美しい琴の音が響いてまいります。奏でていらっしゃいますのは当主の妻であらせられる様。
様のおそばでは一人息子の倖斗様がお付きの青年二人に付き添われて眠っておられました。
「倖斗はもうすっかりと眠ってしまいましたね」
「はい。今日一日剣の鍛練を行っていましたからお疲れになったのでしょう」
青年の片方、緑色の瞳を持った青年がそう言うとはそっと微笑まれました。
「慧璃、翠璃、倖斗の面倒をいつも見てくれてありがとうございます。私も鳳珠もとても感謝していますよ」
「いいえ、様。これは私たちの恩返しです。お二人に助けられていなければ私達は凍え死んでいたのですから」
この二人の青年、名を慧璃、翠璃ともうしますが、実は二人とも様に拾われたのです。
倖斗様がお生まれになる二年ほど前のこと。宮廷から戻ってきた様は門前に倒れている二人を見つけられたのです。
まだお子のいなかったお二人はその双子の少年たちを我が子のようにお育てになったのです。
しばらくして倖斗様がお生まれになると少年たちは進んで倖斗様のお世話係となったのです。
「・・・・・・倖斗を部屋に連れて行ってもらえますか」
「はい」
二人は立ち上がると片方の青年が倖斗様を背負われて様の部屋を出て行きました。
「様もはやくお休みになられてください」
「わかっていますよ」
残った青年も様に一礼すると先に出て行った青年のあとを追いました。
一人になった部屋の中で様は琴を爪弾きます。
とても悲しげな音色でございました。
今宵、様の夫である鳳珠様は宮廷に残っておられるのです。
「お仕事がありますから・・・・・・寂しいなどと言っては鳳珠も困りますね」
は小さく笑みを浮かべられました。
が、すぐにくしゃくしゃとその端整な顔をゆがめられると泣き始めてしまいます。
「鳳珠・・・!」
「・・・・・」
様は突如聞こえてきた声に驚いて顔をあげられます。その瞳に映ったのは鳳珠様でありました。
急いでお戻りになられたのか、息が少しだけあがっておられます。
「鳳珠・・・・・何故、明日までは戻れないはずなのに・・・・」
「お前は一人が嫌いだろう?だから、急いできた・・・」
「私のために・・・・・・?」
鳳珠様はその顔を隠している面を取り外し、様の前に膝を着かれました。
「すまなかった。怖かっただろう、」
「・・・・・・とても・・・・・・・」
様のお言葉に鳳珠様は僅かに苦笑なされ、その体を抱き締めてやります。
様は鳳珠様の背に腕を回し、その胸に顔をうずめられました。
「言っただろう、・・・・・私はどこにいてもお前のそばにいると」
「でも、でも・・・・・・・私はあなたの姿が見えないと・・・・」
鳳珠様は様の口を閉じるために唇を重ね合わせました。
いきなりの口付けに様は驚かれ硬直なされてしまい、鳳珠様はその間にそっと様の頭を撫ぜられました。
「ここにいる。私はの一番そばに」
「本当に・・・・・そばにいてくださいますか、鳳珠」
「あぁ」
「あの方のように、いきなりいなくなりませんか」
「あぁ」
「・・・・・・・・・・・・・」
様はあふれ出す涙を必死で押しとどめようとなされます。鳳珠様はそっとの額に唇を落とされました。
「ずっとお前のそばにいる」
どんなに体が離れていようとも、心は常にお前のそばに・・・・