新しい出会いの始まり
「はよ、皐月兄」「おはよう、瑠衣。朝ごはんできてるよ」
「ん、ありがと」
神海瑠衣は席に着いて、ふと目の前を見た。
瑠衣の目の前が定位置のはずの青年の姿が見えない。
「俊兄は?」
「俊介ねぇ・・・・まだ寝てると思うよ」
「・・・・あっそ」
瑠衣は小さく溜息をつくとパンにかぶりついた。
その直後である。リビングへのドアが開いて一人の青年がやって来た。
「はよ、俊兄。寝坊しなくてよかったね」
「そりゃどうも。皐月、メシ」
「あるよ。ほら、早くしないと二人とも遅刻だよ?」
皐月の言葉にうながされうようにして、二人は食事をとる手を早めた。
ここは京都一の都にある巨大邸宅。
またの名を"神使い本家"
神海皐月・俊介の双子当主を筆頭に、神海瑠衣、神海桜、と神使いたちが住む場所である。
----神使い。それは神々を自らの力で支配し、操る者達のことを指すのである。
とは言いつつも、彼らは今現在神を使役することはない。
瑠衣たちよりも遡って平安時代。時の当主と神々とは契約を交わしたのである。
今後神々は地上への降臨をなくし、そして神使いたちは神を使役することはしない、と。
今も脈々と受け継がれている神使いの血筋だが、今ではもう関係なくなってしまった。
「そんじゃ行って来ます」
「行ってらっしゃい」
瑠衣はカバンを引っつかむと靴を履いて外に出た。
後ろから俊介も姿を見せる。
「かったるい・・・」
「どうせ明日から夏休みだろ」
瑠衣は"夏休み"という言葉に眉根を寄せた。
不機嫌そうなオーラが流れ始める。
「なんだ」
「貴船に行かなきゃならないじゃない」
「ここよか、よっぽど涼しいだろ」
「面倒よ。高於の神にこき使われるのがオチだわ」
神使い家の女達は夏の長期休暇中家を離れ、貴船に出向くのか恒例だった。
たいていは参拝客の相手をするだけなのだが、強い力を持つ女は貴船の祭神の相手をすることもあった。
「てか、明日からよ・・・宿題が出るのに」
「どうせエスカレーター式なんだ。問題ないし」
「俊兄・・・皐月兄と双子だよね」
「あぁ」
「皐月兄は"飛び級"使ってもう大学卒業したのに、なんで俊兄だけ高校に残ってるの」
「皐月のほうが当主らしいだろ、俺なんかより。仕事が多いんだよ、あいつは」
「それって俊兄が仕事してないから・・・・」
瑠衣はそう呟いて溜息をついた。
学校につけば、同級生たちに出会う。
「瑠衣、夏休み暇?」
「ごめん、今年は貴船に行かないと」
「あ〜そっかぁ。瑠衣大変だね。俊介さんたちは?」
「あれは男だから関係ないの」
瑠衣はきゃいきゃいと騒ぐ女子生徒たちを冷静に観察していた。
小さく溜息をついて窓の外を見る。ふと東の方向に光の柱が立っていることに気がついた。
「青龍門・・」
「あっ瑠衣!どこ行くの?もう先生来るよー」
瑠衣は教室から飛び出していた。靴を履くのももどかしく、引っ掛けると走り出す。
東、神が降臨する場所青龍門へと。
いっぽう高校棟、俊介もまた窓の外を見ていた。
同級生たちは今日の小テストの準備に忙しい。
「・・・・・朱雀門が光った?」
俊介もまた教室から飛び出していた。
瑠衣と俊介を送り出してから皐月は洗濯をしていた。
お手伝いさんたちもいるのだが、皐月はあまり頼まなかった。
邸宅内に作れたスペースに普通の一軒家をつくり、皐月と俊介、瑠衣と住んでいた。
ふと顔をあげれば、西の方角で光の柱が立っている。
「白虎門・・・・・」
手に持っていた洗濯物を籠に放り投げ、皐月は邸宅を出ていた。
神海桜はじっと和室に座っていた。
開け放たれた窓から風が入ってくる。
「なんじゃ、気配が騒がしいのぅ」
溜息をついて外を見れば北の空が割れている。
桜はハッとして立ち上がった。
東、西、南、北で神使いたちにしか見えない光の柱が立った。
「東の守護、聖獣青龍。お前がおれの主か」
「南の守護、聖獣朱雀。なんだ、男が主なのか・・・」
「西の守護、聖獣白虎。男には興味ないんだけどねぇ」
「北の守護、聖獣玄武。汝が我の主か」
四匹の獣に四人の主、彼らが出会い、物語は始まる。
「ちょうどいいわ、退屈していたの」
「勝ち残ってやろうじゃん」
「久々に楽しめそうだね」
「その誘い、乗ってやろう」
歴史には残らない、神使いたちの物語は始まる。
その出会いとともに。