鳴らない電話
が家に帰ると一件の留守番電話が入っていた。
再生のボタンを押す。

、この留守電を聞いている時にはもう私はいないと思ってください。あなたに振り向かれないなら、と留学を決めました。もしも、心が変わっているのなら電話を待ってます。それじゃぁ』

の瞳から涙が零れ落ちた。
ピーッという無機質な音とともにメッセージが終る。
恋人である静蘭と喧嘩したのは数日前、静蘭が留学することを隠していたのだ。
それをしったは怒った。何故、何も言ってくれなかったのか、と。
将来が有望視されている静蘭が留学に踏み切れなかったのはの存在があったからだ。
はそのまま静蘭と喧嘩別れしてしまった。
は左手の薬指にはまる指輪にそっと触れた。

『あなたとともにいたい。ずっと・・・・今はまだ、迎えに行けませんが、これをもっていてください。必ず迎えに行きます』

はずるずると電話が置かれている棚に背を預けしゃがみこんだ。
手に顔をうずめ泣き始める。


空港の待合ロビーで静蘭はずっと携帯を見つめていた。
からの電話はない。

・・・・」
『午後7時40分発ニューヨーク行きの便にお乗りのお客様、5番搭乗ゲートまでおこしください。繰り返します・・・』

静蘭は椅子から立ち上がった。行かなければならない。
携帯の電源を切ってポケットにしまうと静蘭は搭乗ゲートに向かった。


は静蘭の携帯の番号を押す。そして通話ボタンに触れた。
心の中で、神様、と呟く。

『おかけになった電話番号は電源が入っていないか電波の通じないところに・・・・』

は受話器を置いて、口を手で覆った。
遅かったのだ。静蘭はもう飛行機に乗ってしまった。
に謝る暇を与えず、彼は行ってしまったのだ。

「ごめんなさ・・・・ごめんなさい、静蘭・・・・」

必死で涙を堪えるに携帯の着信音が聞こえた。
バッグを引き寄せ、携帯を取り出す。液晶に映し出された名前を見て、驚いたように目をみはった。
そして通話ボタンを押す。

・・・・・?』
「静・・蘭、なんで・・・・」
『あなたを置いてなんか行けるわけないでしょう?』

は口元を手で覆った。
電話口の向こう側で静蘭が慌てているのがわかる。

、どうしました?また私は・・・・・・』
「違う、違うよ、静蘭・・・・」

嬉しいの、と言うの言葉に静蘭は優しい声音で囁いた。

『今からそっちに行ってもいいですか』
「うん、待ってる」

そこで通話は切れた。
は涙を拭いてエプロンを手に取った。
静蘭がやってくるまでに二人分の食事を作っておかなければならない。
大丈夫。もう鳴らない電話はないから・・

そばに、あなたがいるから。