黒揚羽 -地獄から-
「今日、私は死ぬのね」「あぁ」
「楽しかったわ。ありがとう」
揚羽はにこっと笑って言った。魁はだまって揚羽のベッドに腰掛けた。揚羽はまた、延命装置をつけている。
「楽しかった、か・・・・・・あぁ。俺も楽しかったよ」
「また、行けたらよかったのに。魁と、一緒に」
「揚羽・・・・・・・・?」
「好きよ、魁。あなたと一緒にいられた時間が。そして、あなたが」
「・・・・・・」
魁は揚羽を見た。揚羽は笑みを浮かべている。
「・・・・揚羽、俺は死神だ。お前に想いを返すことはできない」
「うん。わかってるわ」
揚羽はふぅっと息をついた。
魁の胸が一つ大きくなる。
「揚羽・・・・」
「うん?」
「・・・・・いや、なんでもない。少し外にいる」
「わかった」
魁は病院の外へ向かう。
頭上を見上げれば、そこにはにくいほど青く澄んだ空が広がっていた。
魁は意を決して、死神たちの世界へむかう。
「魁、戻って「あとだ」
同僚たちの声を無視して、魁は早足で歩いていく。
「どうした、魁」
「話があります」
「・・・・お前の担当している娘についてか」
「・・・はい」
魁の上司、今は渉という名だったか、は冷ややかに魁を見た。
「死神の掟を忘れたわけではあるまい?」
「忘れてはいません。ですが・・・」
「ならば、あの娘のことは忘れろ。それ以上深入りすることがあれば、貴様が辿るのは消滅の道だけだ」
「俺は消滅してもかまわない。でも、彼女は・・・」
魁の言葉に渉は溜息をついた。
昔彼と同じ言葉を言ったものがいるのだ。彼は、自らの命を恋人に与えて消えた。
「消滅してもかまわないのだな?」
「・・・・俺は、揚羽がすきだから。彼女の命となって生きていけるのならかまわない」
「覚悟はいいな」
「あぁ」
渉はうなずいた。
いっぽう揚羽は魁がいなくなって不安を覚えていた。
刻々と死は揚羽に迫ってくる。怖くはない。
死は新しい旅立ちなのだと、いつだったか祖父が言っていた。
「魁・・・」
「揚羽っ!」
魁が病室に飛び込んできた。
息は荒く顔色は悪い。その手に大切に抱えられているものがあった。
「魁?いったいどうし」
揚羽の言葉が途中で切れる。
魁の腕の中で、揚羽は眼を見開いていた。
「喜べ、お前はもっと生きられる」
「えっ・・・」
「俺の命をお前にやれることになったんだ。お前は、もう延命装置なくても生きられるぞ」
「魁は・・・・・魁はどうなるの」
「消滅する。元々死神は空虚な存在なんだ。でも、俺はお前の中で生きていける」
ベッドにぱたりと涙がこぼれた。
魁はどきっとして揚羽の顔をのぞきこむ。
「いや・・・・・魁が消えるなんていや・・・・」
「それでもお前が死ぬよりかはいい」
「私が死んだ方がいい!魁にいなくなってほしくないもの」
「揚羽・・・」
魁は優しく揚羽の頬に手をあてた。
「俺たち死神は元々お前たちとは関われない。海も遊園地にも行くことはできないんだ。でも、お前に会って俺は幸福な思い出を作ることができた。それだけで、十分だ」
あとは、と魁が小さく言った。
「お前に、幸せになってもらいたい」
「魁・・・」
「生きて、幸せになれ揚羽。俺の分まで海を見て、楽しい思い出を作って、笑ってくれ」
「魁・・いや、いやだ」
魁も泣きそうになってぐっと唇を噛み締めた。
揚羽は魁に抱きついて泣きじゃくる。
「俺、揚羽にあえてよかった。お前に会って、俺は始めて人を愛せた。揚羽、ありがとう」
「いや・・・・魁・・・」
「俺の分まで生きてくれ。お前が生きている限り、俺はお前の中で生き続けることができるから」
揚羽に魁は口付けた。
揚羽は小さく魁、と呟いて意識を飛ばす。
魁は涙目になって微笑んだ。
「愛してる、揚羽・・・・俺を忘れても」
魁の胸から零れた光の玉が揚羽の胸に零れる。
光の玉は揚羽の胸の中に吸い込まれる。それと同時に魁の姿は光となって瞬時に消えた。
「揚羽?」
「海に行って来ます」
揚羽はそう言ってサンダルを足に引っ掛けると外に飛び出した。
照りつける太陽に目をやり、揚羽は近くの海岸へと足を向ける。
奇跡に等しい確率で揚羽の心臓病は治癒した。
もう、延命装置がなくとも普通に生活できる。
「・・・・・綺麗」
青い海は揚羽に力を与えてくれた。
小さく笑みを浮かべて海に背を向ける。
歩き出す揚羽を追うようにして、その背後をクロアゲハが一羽飛んでいたのであった。