黒揚羽 -地獄から-
その揚羽蝶は真っ黒かった


死神の仕事は罪を負った魂を地獄または煉獄に連れて行くこと、それ以外の魂を天界に導くことにある
死神たちは生前人間だったか、または神に作られるかする

そのため時々、狩る人間を狩ることが出来ないことがある

――なぜか

狩る人間に恋をしたか、それとも生前に知り合いだったか・・・・

狩ることを拒否した死神は、「死神の鎌」を奪われ、煉獄・地獄・人間界と三つの世界を行き来することができる翼を失う

そして残る道は


---存在の消滅---



賀田羽揚羽は病気だった。
治る見込みがないとされている心臓の病気である。

「片翅の揚羽・・・・・ふふふ、なんて不吉な名前」

幼い頃から入退院を繰り返していた揚羽に友人はいない。
両親も時々しか見舞いに訪れない。
治る見込みがないのに、わざわざ延命装置までつけられているのである。

「さっさと死なせてくれればいいのに・・・・」

ふと、開けられていた窓から一匹の蝶が入ってきた。
真っ黒な、蝶である。

「・・・・・・あなたは一人なの?」

蝶はゆっくりと揚羽が横たわるベッドの足元に止まった。
揚羽はふふふ、と笑った。

「私は一人よ。一人で死ぬのを待ってるの」

蝶はゆっくりと両翅を開閉させる。一瞬にして蝶の姿が変わった。
驚く揚羽の瞳に黒一色の青年の姿が映った。
身の丈ほどもある鎌を持った、無表情の青年である。

「誰・・・・・」
「お前が賀田羽揚羽か?」
「えぇ。あなたは・・・・」
「死神。名は魁。お前の魂を狩りに来た」
「あぁじゃぁ私はもう死ねるのね」
「・・・・・死ぬのが恐ろしくはないのか」
「いいえ。私は死んだほうがいいわ。こんな延命装置をつけられ、苦しみを延ばされているんだもの。死んだほうがいいわ」

揚羽はそう言ってゆっくりと目を閉じた。

「さぁどうぞ。私を狩ってくださいな。そして楽にして。もうこんな想いたくさんよ」

魁と名乗った青年は目を細め、揚羽を見た。

「残念だが、まだ狩らない。お前が死ぬのは3日後だ。オレはそれまでお前のそばにいる」
「あら、そうなの。残念・・・すぐに死ねると思ったのに」

揚羽の言葉に魁は、怒ったような泣きそうな、顔をした。揚羽は首をかしげる。

「何を怒っているのかしら」
「お前は死にたいのか」
「えぇ。だって親も滅多に見舞いにもこないし、私は私で友達もいないし・・・・生きていても楽しいことなんか一つもないわ」

魁は何かを考えるそぶりを見せ、腰につけたバッグから携帯のようなものを取り出してどこかにかけた 。

「あ、俺です、No.00。えぇ、実は・・・・・・あぁ、OKですか。わかりました。ありがとうございます」

魁は携帯をしまうと揚羽を見た。

「3日間だけ、お前の体を健康にしてやれる」
「・・・本当?」
「学校に行きたければ行けばいい。ただし俺も一緒だ。好きにしろ」
「・・・・・本当にしてくれるのなら、私は健康になりたいわ」

魁は小さな笑みを見せた。

「わかった。上層部の許可は貰ってある。これを飲め」

魁は丸いキャンディのようなものを取り出した。
揚羽は魁とキャンディとを見比べる。

「一時的にお前の体を健康体にしてやれる。のめ」

揚羽はうなずいて、キャンディを食べた。
揚羽が飲んだと見るや、魁は手を軽く振った。すると揚羽の体をしばっていた延命装置が外れる。

「すごい、延命装置なしでも苦しくない」
「・・」
「これが健康?」
「あぁ」
「ありがとう。魁って名前だったかしら」

魁は無言でうなずいた。

「ねぇ魁、私学校よりも海に行きたいわ。連れて行って」
「オレがか?」
「えぇ。ダメかしら」
「別にかまわないが・・」

魁は軽く溜息をついた。窓枠に近寄り、その背に翼を生やす。
漆黒の翼だった。
魁は揚羽を振り向いた。

「来い」
「えぇ」

揚羽はベッドから降りて魁の元に向かう。
魁の差し伸ばされた手に自分の手を重ねる。魁は揚羽の体をしっかりと抱き寄せると空に舞い上がった。
揚羽の瞳が驚いたように見開かれる。
幼い頃から病院にいたため、本物の風を感じたことがないのだ。

「下を見てみろ」
「下?」

魁の言うとおり下を見れば、そこは空と変わらない青がある。

「そこが海だ」
「すごい。・・・・・綺麗」

揚羽は感嘆したように呟く。
魁は揚羽をつれ、砂浜に降り立った。
揚羽は打ち寄せる波に近寄っていく。その後ろに魁がついていた。

「わぁ・・・・冷たい」

しゃがみこんでいた揚羽が立ち上がろうとした拍子に揚羽は砂に足をとられ、前に倒れる。
魁がその体を抱きとめた。

「大丈夫か?」
「えぇ、ありがとう」

揚羽と魁の視線が交差する。
一瞬だけ胸の高鳴りを覚えた揚羽だったが、そんなものは偽りなのだと首を振った。
どうせ3日後に自分は死んでしまうのだから。

「魁、明日は遊園地に連れて行ってほしいわ」
「遊園地?」
「えぇ。子供のころからずっと行きたかったところがあるの。ダメ?」
「別に」

魁との3日間はあっという間に過ぎていった。