本当の幸せ
あなたには幸せになって欲しかった。
あなたをおいて、いなくなった私のことは忘れて欲しかった。
私があなたを忘れることはなくとも、あなたには忘れてもらいたかった。
あなたに幸せを教えることができなかった私のことを

府庫にいる静蘭のもとに楸瑛はやって来た。
椅子に座り、ぼぉっとしている。

「静蘭、どうしたんだい。物憂げな顔をして。ははん、さては意中の姫君のことかな」
「藍将軍ではありませんから」
「おやおや?ではどうしたのかな」
「・・・・・なんでもありませんよ」

静蘭は小さく溜息をついた。楸瑛は首をかしげた。

「そうそう、そういえば今日美しい女官が後宮にやってきたらしい」
「何処でそういう情報を手に入れるんですか・・・」
「私の顔は広いのだよ、静蘭」
「女性だけには、でしょう?」
「失礼な・・・・・・で、その名をと言って」

静蘭ははじかれたように楸瑛を見た。彼は不思議そうな顔をして静蘭を見た。

「といいましたか・・・・・・本当に?」
「あぁ、本当だが・・・」
「・・・・・・・何故」

静蘭はそう小さく呟いて黙ってしまった。楸瑛は呆れたように静蘭を見るとそのまま府庫から
出て行った。

は後宮の女官の一人だった。
前にも一度住んでいたことがある宮である。
庭園へ出て後宮の部屋に飾る花を摘み取っていたときであった。

「何故・・・ここにいる」

その声を聞くとは抱え持っていた花を落とした。
振り向こうとしたを誰かが背後から抱き締める。

「何故、ここにいる・・・・・・」
「・・・・・・待っているのですわ」

ゆっくりと目が大きな手でふさがれた。

「待っているのですわ、大切な、大切な方を」
「待っていてくれとは言わなかったのに」
「それでも待ってしたわ・・・きっといつか戻ってきてくださると信じて」

の瞳を押さえる静蘭の手に濡れたものがついた。

「・・・・・・・・」
「愛してますわ、清苑様・・・」
「お前に何も言わず消えた私をか」
「当たり前です。私の幸せは、あなたのもとにあってこそですもの」

静蘭は辛そうに視線を落とした。

「私の側にいてもいいことなどないぞ」
「私にはあるのです。愛してる人のそばにいるということこそ、最高の幸せですわ」

の目から手をはずし、強く抱きしめる。

「・・・・・」
「清苑様・・・・・・」
「私はもう清苑ではない。お前の側には戻ることができない・・・・・・」
「それでも・・・それでも清苑様のお顔を拝見できるだけでいいのです」

はそっと静蘭の手に触れた。

「あなたがこうして生きていてくださるだけで・・・」

ゆっくりと静蘭の腕が離れる。
は振り向いた。哀しげな瞳と目があった。

「清苑・・・・・様」
「っ!」

の瞳から涙がこぼれる。

「本当はっ・・・・誰よりもおそばにいてほしくて・・・っ」
「わかっている」
「でもっ、でも清苑様は・・・もう幸せそうなお顔をしていらっしゃるからっ・・・だから
私などはいないほうがいいのですわ」
「?」

はそっと唇を重ねた。
触れれば消えてしまいそうな淡い百合の香りがした。

「愛しています、清苑様・・いつまでも。どうか、お元気で」
「・・・・・」

は、清苑の許婚はそのまま後宮へと戻って行った。

「・・・・私の幸せなど・・・すべてお前に貰ったものだった」



"清苑様、愛していますわ"
"哀しそうなお顔をなさらないでください"
"どこにも行かないで・・・・"



「私の幸せは・・・お前のそばにいてこそあるものなのだろうな」

静蘭はそっと足元に散らばった百合の花に触れたのであった。