朧
「紅蓮―!」
「雪菜?どうした」
一条戻り橋の袂にいる紅蓮は走ってきた雪菜を抱き上げた。美しい着物を着て、にこにこと笑っている。
「ほら、母様がくれたの。似合う?」
「あぁ・・・・・とても。だがそれで出てきたのか?怪我とか・・・・」
「大丈夫だよ。父様も一緒だもん」
紅蓮は顔をあげる。苦笑気味の晴明がそこに立っていた。
「紅蓮も雪菜にかかれば骨抜きだな」
「どういう意味だ・・・・・・」
「そのまんまの意味だが?」
晴明は苦笑してほかの神将を見た。
「晴明?」
「雪菜が大好きだな、紅蓮」
「・・・・・もちろんだ」
「雪菜も紅蓮が大好きだよ。もちろんほかの神将も」
ふと紅蓮は夢から意識を戻した。
今のは一体なんだったのだろうと思う。顔のはっきりとしない少女、自分の微笑みかけてきた。
大好きだよ、と言う声。あの声、あの顔を自分は知っている。それなのに思い出そうとする頭の中で何かが邪魔をしてわからなくなる。
「騰蛇?なにやってるの」
紫がきょとんとして紅蓮を見てくる。
「紫・・・・・・いや、夢を見ていただけだ」
「へぇ神将でも夢を見るんだ。ねね、どんな夢?」
「・・・・・・・・よく覚えていない。でも一人の子供が出来たのだけは覚えている。俺はあの子供を知っている・・・・・・・・・?」
「へぇ」
紫は紅蓮を見た。紅蓮も紫を見返す。
「仕方ないよ、神将は長い時を生きているんだもの。忘れることだってあるさ」
「でも晴明が出てきたからそう昔のことじゃない」
「晴明っていくつよ。てか何十年前の話なんだか・・・・・・・」
紫は溜息をついた。そして紅蓮の隣に座る。
「朧な記憶だね」
「あぁ・・・・・・思い出さなきゃいけないのに思い出せない・・・・・・何故だ」
「・・・・・・・・・・・・・」
紫は歯噛みする紅蓮を冷静に見ていたが、やがて溜息をついてその頭を叩いた。
叩かれたほうは呆然として紫を見た。
「少しは落ち着け、このマヌケ」
「まぬ・・・・っ?!」
「朧な記憶だっていつかは晴れるさ。だからさ、今はそんな慌てないほうがいいって。ねっ、騰蛇?」
紫の笑顔に紅蓮はうなずいた。紫は満足そうにうなずくと立ち上がって背伸びをした。
「朧な記憶か・・・・・そう、いつかは霧だって晴れるんだからさ、あんま悲観しないほうがいいよ」
「お前はあまり悲観しなさそうだがな」
「あ〜あんまりしないね〜だって呪いを受けたときだって、あそっかぁ、的な感じだったし」
紫は小さく笑みをこぼすと紅蓮を正面から見た。
「騰蛇、きっと近いうちに思い出せるよ。頑張ってね」
「あぁ」
紫はそのまま都へと出て行った。
紅蓮はもう一度少女の顔をぼんやりと思い出す。
「・・・・・・・・お前にまた会えるよな」
小さく呟いて紅蓮はまた笑みをこぼした。