思うたびに苦しくて
蘭華は主上の部屋の戸を叩いた。
「主上、入ります」
カチャと戸をあけて中をのぞいた蘭華はぞくりとした。
部屋の空気が澱んでいる。
「主上・・・・・ご無事ですか?」
卓上に山と詰まれた書類をどかしながら、蘭華は主上―劉輝を発掘する。
「蘭華か・・・・・」
「お顔色が悪いですわ。また悪い夢でもごらんになりましたか?」
「胸が痛むのだ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・医師を呼びましょうか」
蘭華の言葉に劉輝は首を振った。蘭華は首をかしげ、不思議そうに劉輝を見る。
「何かあったのですか、主上」
「・・・・・・・秀麗が・・」
「秀麗様がどうかなさいましたか?」
「・・・・・・・・・・秀麗のことを思うと苦しいのだ」
「・・・・・・・・あぁなるほど」
蘭華はその言葉で合点がいったようだった。
劉輝は蘭華を見た。蘭華は笑顔で彼の頭を撫でる。
「大丈夫ですよ、主上。それは病気ではありませんから」
「しかし・・・・・・・」
蘭華はニコッと笑うと劉輝の手に自分の手を重ねた。
「私も時々同じことがありますから」
「蘭華も?」
「はい」
「誰を思っているのだ?」
「そうですね・・・・・・・」
蘭華はそっと頭の簪に手を伸ばした。劉輝はそれが誰かから贈られたものだと気がつく。
誰なのかはわからないが・・・・・・・
「もうここにはいない方ですわ。既に私たちは道をたがえましたもの。でも・・・・・・それでもまだ私はあの方を愛しています」
「やはりその誰かを思うと胸が苦しくなるのか?」
「えぇ。叶わぬ恋ですもの・・・・ただあの方の幸せだけを願って生きていますわ」
「蘭華、余はどうすればいいのだ。この胸の痛みを・・・」
蘭華は優しく笑って劉輝の手を彼の胸へと当てた。
「主上、どうかこの胸の痛み治そうなどとお考えになりませんよう・・・・・」
「何故だ?こんな辛い思いをするくらいなら・・・・・」
「それは秀麗様のことを忘れることになりますよ」
「・・・・・・それはいやだ」
「でしょう?」
蘭華は自分の手を自分の胸に当てた。
「私のこの痛みを何度忘れようと思ったことか・・・・・・でも結局できませんでした。忘れようとすればするほど、この痛みは強くなっていくのですから」
「蘭華・・・・」
「ですから主上、その痛みを忘れないでください。想うほど苦しくなる。当たり前のことですもの」
「あぁ、わかった。・・・・・・・・そうだ蘭華、茶を淹れてはくれぬか?少し喉が渇いた」
「すぐに持ってまいりますわ」
蘭華はそう言うと部屋を出て行く。そして歩きながら軽く涙を拭き取った。
「もう少しだけ、どうかあなたのことを思わせてくださいね、兄上・・・・・」
「秀麗、余はまだそなたのことを思っている。思うたびに苦しくなっても余は絶対に諦めぬからな」
この胸の痛みは
あなたを想う証
この胸の痛みは
叶わぬ恋の証
それでも私はやめない
あなたを想い続けることを
それによって自分が死のうとも
私はあなたを想い続ける