桜
キオは庭にはえた一本の桜の木を見ていた。傍らにふわりと桜吹雪の姿が現れる。幼い少女の姿をしていた。
「桜はどうした」
「眠っている」
「そうか・・・・・・」
キオは小さく笑うと桜に手を伸ばした。
花びらが一枚キオの手の中に落ちる。
「懐かしいのう・・・・・・お前とキオとの結婚記念だったか」
「あぁ」
「・・・・・・・しかしまぁ・・・・お前たちのひねくれた性格にあっているというか、狂い咲きとはどういうつもりじゃ」
「それを私に言うな」
第一キオの夫は中々面白がっていたものだ。この桜を見て、まるで桜吹雪みたいにひねくれているな、と言っていたこともあった。
キオは桜吹雪を見下ろした。
「なんじゃ?」
「いや、なんでもない」
キオはふと桜がこの木を見たときのことを思い出した。
「この木、きっとキオさんのことを気に入っているんですね」
「?」
「すごく花がやさしく咲いてるじゃないですか」
桜はそう言って笑った。
「きっとこの木を植えた人がキオさんのことを大好きだったんでしょうね」
キオは桜の言葉にふと夫のことを思い出した。
夫、先代の香神キオとともに、まだ自分が瑠珱と名乗っていたときのことだ。
「瑠珱、これが俺たちの木だぞ」
「だね」
「瑠珱、改めて言わせてくれ」
「うん?」
「お前が好きだ。俺のものになってくれ」
「・・・・・・・・・うん」
クスッと笑みを交し合った。この木の下で永遠とも思えるべき時間、口づけあったこともあった。
そしてキオが死んだとき、この木に誓った。
必ず桜香を破壊すると・・・・・・
「桜」
「はい」
「この木は私を見守ってくれていると思うか?」
「もちろんです」
「そうか・・・・・・・」
少し嬉しくなった。
桜吹雪は口元をほころばせながらキオを見ていた。
「キオ、口元が緩んでおるぞ?」
「なっ・・・・・」
「心地よい思い出に浸るのも結構だが、少しは桜のことも考えたらどうだ?貴様のことを先ほどからずっと探しておる」
「そうか。わかった」
キオは木の幹を撫でるとそっと口付けた。
「・・・・・・じゃぁな、またくる」
そう言ってキオは姿を消した。桜吹雪は木を見上げる。
「お主もバカな男じゃ。妾をつくっておいて死ぬとはどういうことじゃ。貴様、キオを泣かせた罪は重いと思え・・・・・・・しかしまぁ、お前が咲いている間は許してやろうぞ。よいか、これからも花を咲かせ続けるのじゃぞ」
桜吹雪はそう言ってキオのあとを追う。
誰もいなくなった桜の木の下に、桜が見せた幻か、二人の恋人の姿があった。
それは風が吹いて花びらが舞い踊るように散るとその中に隠れて消えたのであった。