自由な雲
「白哉、お前・・・・・せめて・・・・・心だけは自由なままでいろよ?」

そう言った人がいた。顔も覚えていないが、あの優しい声と頭を撫でてくれた手は覚えている。

「・・・・・・・白哉・・・・・・・寝るならもっとちゃんとしたところで寝ろ」

溜息交じりの声が聞こえてきた。しばしまどろんでいたらしい。目をこすりながら起きると見慣れた顔があった。

「・・・・・・・・・ちゃんと起きてるか?」
「起きている・・・・」
「やれやれ・・・・・・仕事中に寝るなんてお前らしくないな」

視界が明瞭なものになっていく。
やがて視界に入ったのは自分と同じ羽織を着ている女だった。

「白哉?」

名を呼ぶ声は夢の中の声とそっくりで。

あぁ、と納得した。そうだ彼女は彼の妻だった。一緒にいれば、似てくるのだろう。
動作も笑顔も・・・・・・・・そっと髪に触れていく手の感触も。

「お前は本当に無理しすぎだな。さっさとよい妻を見つけることだ。というか見つけろ」
「私に命令するとはいい度胸だな、キオ」
「仕事中に寝ている死神に言われたくないな、白哉」

はフンッとそっぽをむいた。その手の中には書類の束がいくつかあった。
白哉は慌てて自分の机の上を見た。転寝をする前にはあったはずの書類が跡形もなく消えていた。

「お前に任せておいてはいつ終わるかわからんからな。預かっていく。それと今日はさっさと帰れ。熱があるみたいだぞ、お前」

女のくせして、男のような話し方をする。
乱雑な言葉で話していてもちゃんと相手のことを気遣ってはいる。
まるで前ののように・・・・・・

・・・」
「うん?」
「心だけは自由でいろ、とはどういうことだ?」
「・・・・・・・・・・白哉、空を見てみろ。今日はいい天気だろう?」

白哉は立ち上がって執務室の外にいるの隣にたった。
澄んだ青空が広がっていた。ところどころに小さな雲が浮かんでいる。

「あの雲、何者にも縛られず自由に動いているだろう?」
「そうだな」
「でもあたしらのような上級貴族の当主は家の格式に縛られて行動が制限されている」
「あぁ」
「でも・・・・・・・どんな格式だって人の心までは縛り付けることはできないんだ。わかるか?」
「なんとなく」
「・・・・・・・はきっとどんなに堅苦しい家の中でも、お前に自由でいてもらいたかったんじゃないか?」

何故が言ったとわかるんだ。白哉は眼を見開いてを見た。
はその視線に気がついたのか、白哉を見上げて口のはしを吊り上げた。

「わからないはずないさ。あたしら零番隊にがいつも言って聞かせた言葉なんだから」

そうだった。も前のの言葉を聞いていたのだ。誰よりもそばで、誰よりもその心の近くで・・・・・
そして誰よりもその心に近づけたただ一人の死神でもあるのだ。

・・・・・」
「うん?」
「自由に空を飛べない雲はあるのか」
「・・・・・・・・・・あるわけなかろう。雲はいつだって自由だ。私たちのように」

はニコッと笑って白哉を見た。その笑みを見ながらドキドキする自分に白哉は首をかしげた。

「さて、あたしは戻るよ。白哉、お前・・・・・・」

は白哉の耳元に紅い唇を寄せて囁いた。

「自由な雲であれ。空に浮かぶ、お前はあの白い雲であれ」

そう言っては笑みを浮かべた。白哉が何か言う前にの姿は掻き消える。
今の意味は・・・・・?そう考えた白哉の頭に懐かしい声が聞こえてきた。

"白哉、心まで鎖で縛られるな"

二人だけの秘密の場所でまどろんでいたとき、彼は唐突に言った。
白哉はわけが分からずたずね返していた。

"なんで"
"いつか己を見失うからだ。俺はお前まで同じようになって欲しくないからだ"
"キオは縛られてるの?"
"あぁ・・・・・・・きっとな"
"どうやったらその鎖は千切れるの?"
"・・・・・・わからない。でも・・・・・・・でもきっと俺が死ぬまでこの鎖は千切れないだろうよ"

・・・・・」

は死んだ。謀反の疑いをかけられて。
最期までは己を鎖で縛り続けた。まるでそうしないと獣が暴れだしてしまうかのように。

"白哉、お前もっと奔放自由に生きてみろ。世界の見方が変わってくるぞ?"
"お前が自由奔放すぎるのだ"
"そうかぁ?でもうちの隊じゃ普通だぞ"
"お前たちが普通だったら私たちは異常になっている"
"だな"

あの女が統括する隊はいつも自由で、白哉は少しそれが羨ましくもあった。
何者にも縛られず、家の格式にも捕らえられない彼らが。
しかしそれは所詮彼らのうわべを見ているものの感想だ。本当の彼らは誰よりも、何よりも重い鎖をその身に巻きつけている。
そうしなければ怒りで我を忘れ、力を解放してしまうから。愛しい者達を失ったその悲しみで、さらに悲しみと怒りを生んでしまうから。
彼らは誰にも分からない場所で鎖に縛られているのだ。

・・・・・・本当は誰よりも自由になりたいのはお前たちではないのか?」

誰よりも多くの鎖に縛られ

「誰よりも自由を望んでいるのはお前たちだろう・・・・」
「白哉―っ!」
「・・・・・、どうした」
「はぁっ、さんから教えてもらったの。熱があるんだって?大丈夫?」
「・・・・・・・・・心配ない。そのために走ってきたのか」
「うん。だって心配だったから」

の笑顔につい、白哉も笑みを浮かべた。

「仕事は終えたか?」
「うん」
「ならば、帰るか・・・・・」
「そうしよっか」

はそっと手を差し伸べてきた。白哉はその手を握る。

・・・・お前は誰よりも雲らしいな」
「えっ?何か言った?」
「いや、なんでもない。ただの独り言だ」
「そっか・・・・・・・・ねぇ白哉」
「どうした」
「今日はいい天気だね。雲が気持ちよさそうに浮かんでる!」
「・・・・・・・そうだな」

お前たちだってちゃんとした雲ではないか。
鎖を背負っていてもお前たちはちゃんと浮かんでいる。
その証拠にいつも笑っているだろう。
そして・・・・・








お前たちは誰よりも気高く、あの雲のように白く輝いているではないか。
誇りを持って、広大な青空をのびのびと進んでいっているだろう?