最期の抱擁
クロス・マリアン元帥には恋人がいた。優しい藍色の瞳をした金髪の女である。名は・ローレンス。両親を早くに亡くし、身よりもなく、教会近くの小さな小屋で一人で住んでいるのである。
「クロス様」
柔らかい声がクロスの耳に入る。クロスはぼんやりとした目を声の主のほうへと向けた。
「ん・・朝か」
「はい。朝餉はできています」
「すまない」
「いえ」
背を向けたをクロスは背後から優しく抱きしめた。
「クロス様?」
「愛している」
そっと耳元で囁かれた言葉には笑顔を見せる。
「はい、私もです」
微笑したに愛しさを覚え、クロスはその唇を奪う。
指どおりがよい髪に触れ、何度も唇を吸う。
「クロス様・・・・・」
頬を紅く染め、はそっとクロスの胸に手を当てる。
「朝餉が冷めてしまいますわ」
「そうだったな」
「先に下におりますから、早く来てくださいね」
はそっと微笑むと階下へ降りて行った。クロスの腕の中にはのぬくもりがまだあった。
そのぬくもりを噛み締めるかのようにゆっくりと手を握った。とそのとき
階下での悲鳴があがった。クロスはハッとして階下へと降りる。
「!!」
「クロス様!!」
はクロスのもとへと走りよる。クロスはをかばおうとするが、彼女はクロスの手をはたいた。
「今すぐお逃げください!」
「、なんで?!」
「はやくっ!!あなたの災いは私がすべて引き受けますから!!」
「?どういうこと・・・・・」
は背後をハッと振り返った。その瞳は驚愕に色取られている。
はクロスを見た。悲しげな顔をしていた。
「クロス様、短い間でしたがとても楽しかったですわ・・・・どうかお元気で」
「待て、どういうことだ?ちゃんと・・・・」
「生きてください。私の分まで・・・・・・生まれ変わったらあなたのもとに」
「・・・・」
はそっとクロスの唇に自分のそれを重ねると微笑んで身をひるがえしかけていく。
クロスはそのあとを追った。
そしてクロスが見たのは庭でうずまく黒い影だった。
「クロス様、どうか逃げてください・・・・あなたに私の最期をお見せするわけには・・・」
「どういうことだ、。ちゃんと説明しろ」
「・・・・・・・私は母から聞いたのです。私の一族は一生に一度、愛した人の災いをその身に受けることができ、愛する者を守れると。でもその代わりに自分は死んでしまう。母も父を守るために死にました。私も・・・クロス様をお守りするためならばこの命捨てる覚悟ですわ」
「待て・・・・・なんでオレの災いをお前が受ける。いくら愛していてもだ」
「・・・・・・愛しているからこそ、ですわクロス様」
クロスはに近寄り、その華奢な体を強く抱きしめた。優しい鈴蘭の香りが鼻をくすぐる。
柔らかな金髪はクロスの頬をくすぐった。
「なんで・・・・・・お前が」
「・・・・・クロス様、どうか生きてくださいませ。これが最後であっても私は・・・私はクロス様のおそばにいますわ」
はトンッとクロスの体を押した。それはたいした力ではないのに、クロスの体は簡単によろめいた。
体勢を立て直したクロスが見たものは黒い触手に体中を貫かれるの姿だった。白いワンピースが真っ赤に一瞬で染まる。
「・・・・・・・ッッ!!」
クロスの口から恋人の名が声にならない声となって出た。は悲しげに笑うと倒れる。黒い影は既にどこにもなかった。
クロスはに駆け寄り、その体を抱き上げた。血は留まることを知らないのか、流れ続けている。これでは止血をしても長くは持たないだろう。
「!!」
「・・・・・・・」
はクロスをむいた。その瞳には既に白い膜がおり、何も見えていないことを語っていた。
「・・・・・・・・・・・」
の口が小さく動く。クロスはその口元に耳を寄せた。
「・・・馬鹿がっ!!」
は眼を閉じ、息をしていなかった。
クロスはの体を抱きしめ、何も言わずそこにいた。血は流れることを止めていた。の命はすべて流れつくしたのだ。
彼女が笑うことは二度とない。その声でクロスの名を呼ぶことも・・・・・・