神官たちのはじまり〜レイ編〜
「ここはどこなんでしょう・・・・」
一人の天使が困ったように立ち尽くしていた。彼の名はレイ。
新しく来たばかりの神官なのだが、謁見室へ行く道がわからなくなってしまったのだ。
途方にくれる彼の前に一匹の白い生き物が姿を見せた。神官たちの肩の上で生きる生き物である。
が、この生き物は主の肩から降りているようだ。額の赤い玉がきらりと光をはじいた。
「・・・・・・・」
レイがそっと手をさし伸ばすと、その生き物はくるりと身をひるがえして駆け出した。レイは反射的に追いかけていた。
「待って・・」
いつの間にか神殿の奥深くまで来ていた。余計に道が分からない。ここまで追いかけてきた白いものもいなくなってしまった。
レイは立ち尽くしてしまう。
と、彼の耳に優しい旋律が聞こえてきた。まるで、こちらへ来なさい、と言われているようである。
レイは旋律が聞こえてくるほうへ足を向けた。
小さいが美しい泉があった。そのほとりにある大樹の根元に一人の天使が座っている。
先ほどからの旋律はその天使が奏でているようであった。美しい天使だと思った。レイから見える髪色は銀である。
「ルウ?」
音色がやんでその天使がレイのほうをむいた。驚いたことに瞳も銀である。
その天使はレイを見て目を丸くした。そこにレイがいることに気がつかなかったようである。
「あなたは・・・・」
「わぁッ!」
その天使の肩に先ほどの白い生き物が落ちてきた。
その天使は驚いたように自分の肩を見た。
「ルウ、どこに行っていたんですか。心配しましたよ」
「迷子になっている新米神官を見つけたからここまでつれてきたんだ」
「新米なのですか」
銀の瞳がレイを見た。レイはその瞳に飲み込まれるような錯覚を覚える。
「どこかへ行く途中だったのですか」
「あっはい。ゼウス様の謁見室へ」
「あぁ、あそこはわかりにくいですからね。お送りしましょう」
「えっそんな・・・」
「袖触れ合うも多少の縁とどこかの国では言うらしいですよ。さぁ、行きましょう」
彼はレイの手を引いた。手を引くほうの逆の手には笛が握られていた。
彼はレイを振り向くとふっと笑顔を見せた。
「名前を教えてもらえませんか」
「レイといいます」
「レイ、ですか」
彼はまた笑みを見せた。
「さ、ここです」
大きな扉の前で彼は足を止めた。レイの手を離して、そっと前髪をはらう。
「頑張ってきてくださいね」
「あの、あなたの名前・・・・・・」
去っていこうとする神官の背にレイは声をかけた。せめて名だけでも知ってあとで礼を言いに行きたい。
彼は振り向くと微笑んだ。
「すぐにわかりますよ」
その天使は姿を消してしまう。レイは何も言えず、あげていた手を下にさげた。
そして謁見室の扉を開いたのであった。
「ねぇ、ユウラ。あれが破滅の日以前にゼウスに戦いを挑んだ天使なんでしょ?なんで名前教えなかったの?」
「ルウ、おしゃべりがすぎますよ。誰かに聞かれたらどうするんです」
自らの部屋に戻った天使、ユウラは肩の生き物にそう言った。ルウという名のその生き物は不服そうである。
ユウラは小さな笑みを見せた。
「すぐに再会できますよ」
扉の外で足音が聞こえる。来たようだ。
「ユウラ様、新しい神官をお連れしました」
「お入りなさい、パンドラ」
扉がゆっくりと開いていく。パンドラという神官の背後にレイが驚いた顔で立っていた。
ユウラはパンドラを下がらせ、レイと二人っきりになる。
「そんな、神官長のユウラ様だったなんて・・」
「私は神官長ではありませんよ。神官長の上に位置はしますが」
「ユウラ様、先ほどの無礼お許しください!」
「顔をお上げなさい、レイ」
ユウラはレイの顎をつかんで、視線を合わせた。
「怒っていませんよ。それよりも、ゼウス様になんと言われましたか」
「ユウラ様のお側仕えとなれ、と」
「そうですか。そう、いいものがあるのです。少し待っていてくださいね」
ユウラはいそいそと寝室へむかい、あるものを持ってくる。
赤いティアラだった。
ユウラはレイの頭にティアラをのせる。
「似合いますよ。それは私からの贈り物だと思ってくださいね」
レイはうなずいた。
ユウラはその端整な顔に微笑を浮かべたのであった。