第九話

ユウラは散歩に出ていた。
・・・・・・神官長の上に位置するユウラがそんなほいほいと散歩に出てはいけないのかもしれない。
だが、ユウラにも息抜きは必要だった。久々に着た昔の服はとても懐かしい。

「どこに行きましょうか・・・」
「ユウラ、ボク、キラとマヤに会いたい」

ユウラの肩にルウが姿を見せ、そう言った。ユウラはにこっと笑ってうなずいた。

「そうですね」
「わぁい」

ユウラはキラとマヤのいるであろう家に向かう。戸をノックするとキラが顔を出す。

「ユウラ」
「こんにちは、キラ。お散歩中だったのですが、お邪魔でしょうか?」
「いや、ちょうどよかった。入るか?」
「はい」

ユウラはうなずくとキラに導かれて家の中に入った。すぐにマヤが顔をだす。マヤはユウラの姿を見ると、きゅうにしおれたようになる。
ユウラはそっとマヤの頭に手を置いた。

「大丈夫ですよ、マヤ。もう今度からはしないでしょう?」
「うん。あの、ユウラ・・・」
「はい?」
「ごめんね」
「大丈夫ですよ」

ユウラはキラを見た。

「キラ、あまり叱らないであげてください。マヤの元気がないと私も元気がなくなりますわ」
「ラキに言われた。もっと厳しくしておけって」
「・・・・ラキは心配性なのですよ」

キラから差し出されたお茶を飲みながらユウラは言った。キラはユウラの前に腰掛けながら、軽く苦笑する。

「だが、その分お前を心配しているんだぞ?」
「私が心配をかけすぎているというのですか」
「まさか。ユウラはそれでちょうどいいんだ。お前は一人で無理をしすぎるからな」
「・・・」

ユウラはお茶のカップを机において、うつむいた。キラが心配そうな顔をしてユウラを見る。
ユウラはただ俯いて何も言わない。言えないのかも知れない。
キラはそっとユウラの髪に手を伸ばした。そのままくしゃくしゃと撫でる。

「ユウラ、俺たちは破滅の日のあと、天界に戻ってきた。変わり果てたお前を見たときには本当にショックを受けたものだ。ラキにも再会して、魂が抜けたようなお前を戻すのは大変だった。ユウラ、お前にも俺たちにもラキにも破滅の日以前の記憶は残っている。お前だけが抱えることじゃない」

ユウラの瞳から涙が一筋流れた。キラはそれを見るとユウラを抱き締める。
ユウラは強くキラの服をつかんだ。

「私は、間違ったことを、したのでしょうかっ・・・」
「いいや。お前の気持ちはよくわかる」
「でも・・・・ラキの翼まで失わせて・・・・私は・・・・」
「ユウラ」

キラの優しい声音にユウラは彼の顔を見上げる。
滅多にないほど優しくキラは微笑んでいた。

「大丈夫だ。ユウラ、お前の翼は輝きを失っていない。悪いことなんかしていない」
「キラ・・・」
「不安なら」

キラはユウラを抱き締めた。ユウラからキラの顔が見えなくなる。

「いつだって抱き締めてやる。不安がなくなるまで、夜中だって・・・・・お前のそばにいてやる」
「キラ・・・・」
「破滅の日以前からずっと、こうしたかった・・・俺はユウラが好きだ」

ユウラの体が強張った。

「ごめん、ユウラは慣れていないんだよな・・・・」
「ちが・・・・・ごめんなさい。大丈夫・・・です」
「ユウ・・・」

ゆっくりとユウラはキラの体を押した。簡単にキラの腕の中から逃れることができる。

「愛を囁かれることに臆病になってしまったんです・・・・ごめんなさい」
「ユウラ・・・・」

キラはユウラの肩に触れた。僅かに震える肩が細く頼りなく、キラはまたユウラを抱き締めた。
ユウラの体が腕の中で強張る。

「ユウラ、今日は泊まっていけるんだろう?」
「キラ・・・」

ユウラは顔を真っ赤にした。キラのたずねた問いの意味がわかってしまったからだ。
少しだけ顔をうつむかせて、ユウラはうなずいた。今日は"誘い"の風がなかったのだ。
キラは小さく笑うとユウラに軽く口付けたのであった。