第八話

ラキは顔の脇すれすれを飛んで行った木の枝を見た。
木の幹に突き刺さっている。枝が飛んできた方向を見れば、一人の天使が木をなぎ倒している。きっとおそらくいや多分、ラキの存在には気がついていない。
ラキは近くにあった一本の木に背を預け、その天使に声をかける。

「ゴウ、お前少しは周りのことを気にしろよ」
「ん、ラキか。どうした」
「・・・・・あのな、オレがここにきたら、お前が吹っ飛ばした枝が俺の顔に刺さりかけたんだよ。紙一重で俺が避けなかったらどうなってたと思う?オレの顔ぶブスリと木の枝が刺さって悲惨なことになっていたんだぜ」
「あぁそれは悪かったな」
「誠意の感じられない謝り方だな・・・・」

そう言って苦笑したラキはゴウに近寄っていく。周辺の木々がなぎ倒されているため、倒れないように注意しなければならなかった。

「で、どうかしたか」
「あぁ。ガイがまたやったそうだぜ。ちゃんと面倒としつけはしっかりしないとな、お父さん」

ラキの言葉にゴウは渋い顔をする。その肩をぺしぺしと叩きながらラキは笑った。

「ユウラは甘いからな。ちゃんと注意できない。だから、ゴウ、ちゃんと注意しておけよ?今回はユウラのダチもいたらしいから」
「・・・・・・・ラキ、つくづく思っているんだが」
「ん?」
「お前のその、天使らしからぬ言動、俺はものすごく気になるぞ」
「あぁ。これは俺の生来の性格だから仕方がないの。別に気にしなくていいさ。女神様やゼウスの前じゃちゃんとユウラに負けないほどの丁寧さで通しているから。まっ女神様はお見通しだろうけど」
「女神か・・・・今は離宮に下がられていると聞くが」
「あぁ。女神様も大変なんだろうな。ゼウスは相変わらずの天使愛だし・・・・・」

女神の苦労はお前にもあるんじゃないか、とゴウは一瞬思ったが何も言わずに通した。
それにラキの言っていることにも一理あるからである。現に神官長よりも上の地位にあるユウラは毎夜夜伽をしていると聞く。ラキにとってそれは我慢ならないことなのかもしれない。
ラキは知られていないと思っているが、彼らと親しくする者達は知っている。ラキとユウラが思い合う仲だということを。

「そりゃないな」
「って・・・・ラキ、人の思考の中に口を挟むな!」
「俺とユウラはそんな関係じゃない。違うんだよ、俺たちは・・・・・破滅の日よりも前の記憶が残っているたった二人だけの天使だから・・・・」

破滅の日・・・それはゴウでも覚えのないことだった。一人の天使の力が暴走して、それと止めようとしたゼウスを巻き込み、天界をめちゃくちゃにした事件だった。
ゴウがなんとなく覚えているのは、十二枚の翼を広げた天使の姿だった。泣いていたように思える。そしてそれ以前の記憶は消えてしまったのだ。

「さて・・・・俺はキラのところにも行って来ないと」
「そうだ、ラキ。ユウラの友人というのは誰だったんだ?」

ラキは足を止め、ゴウを振り向いた。

「ユダとルカ。お前も知っているだろう」
「あぁ・・・・あの有名な」
「そ、有名な、あの二人さ」

ラキはそう言うと翼を広げ飛んで行ってしまう。ゴウはそれを見送ったのである。
ラキは上空から目的の姿を探す。ふと湖のほとりに立つ姿を見つけた。

「キ〜ラ」
「ラキか・・・・・どうした?」

キラはラキの姿を見ると首をかしげた。
名前を逆にすると同じになるからなんとなく親近感がわき、初対面からして仲良くなったのである。
キラの隣にマヤの姿がいないことに気がつくと、ラキは首をかしげる。

「マヤは?」
「ガイと遊びに行った」
「・・・へぇ。で、話があるんだけど」
「マヤとガイの悪戯のことだろう」
「そっ。怒った?」
「あぁ。まったく・・・・・ユウラには悪いことをしたな」
「まぁユウラはなんとか被害を免れたらしいけど、ユウラのダチがな・・・・・」
「ラキ・・・」
「・・・・・どうせ、俺は口が悪いよ。ふん」

ラキはすねた子供のように頬を膨らませてそっぽをむいた。キラは苦笑してラキの頭に手を置く。

「ユウラにはまたあとで謝りに行かせるつもりだ」
「ユウラは甘ちゃんだからな・・・・・・むしろ哀れんでお菓子とか出すと思うけど」
「それは考えられるな」
「さてっと・・・俺は神殿に戻らないと。ユリが怒ってる」
「女神はいないのか」
「あぁ。離宮に下がっている。ゼウスのこともあるからな」

ラキは溜息をついた。そして翼を広げるとキラのほうを見る。

「じゃぁオレは戻るから」
「あぁ」

キラがうなずいたのを見るとラキは空へと舞い上がっていく。だから知らなかった。彼がこんな言葉を呟いていたのは。

「ユウラもラキも無理をしすぎなんだ・・・・・破滅の日以来、お前たちは本当変わったぞ」