第七話

ユウラは気だるい体を起こした。繊細な銀の髪がその横顔を隠す。

「はぁ・・・」

ユウラはどうしても情事というものに慣れなかった。慣れたくもなかった。
この身を許してもいいと思えたのは、あとにも先にもただ一人だけである。そのただ一人ももうこの天界にはいない。
ユウラは起き上がると薄絹をまとい、窓辺に近寄った。窓を開けて空を見上げれば、丸い月が透明な光をユウラに投げかけている。
ユウラは夜の冷たい風に身を震わせ、窓を閉めた。

「どうした、ユウラ」
「いえ、ただ・・・体が熱くて、冷たい風に当たりたかったのです」

背後から回ってきた腕にユウラは手を添えた。
首筋を舐められ、小さく身を震わせる。

「"祝福"を新しい天使に与えようかと思っている」

ユウラはその言葉にはっとして背後のゼウスを見た。

「ゼウス様、私ではご不満ですか」
「そんなことがあるわけない。しかし、ユウラ、毎夜ではお前も辛かろう?」
「そんなこと・・・・・」

ユウラは胸元でぎゅっと手を握ってゼウスを見上げる。

「ゼウス様に愛されることに何の不満がありましょう」
「可愛いことを言うな、ユウラ」
「おふざけにならないでください、ゼウス様。私では不満がございますか。私は、ゼウス様に精一杯の奉仕をしているつもりです」

ゼウスは小さく笑うと、ユウラの顎に手を当てた。少し俯かせていたユウラの顔が上に向けられる。

「わかっている。ユウラが私に尽くしてくれていることは十分に」

優しい唇が落ちてくる。ユウラはゆっくりとそれを受け入れた。
唇が離されると冷たい夜気が胸の中に入ってくる。
ゼウスの大きな手がユウラの体を愛撫し始める。ユウラは熱い吐息をついた。
受け入れるつもりはないのに、慣れるつもりはないのに、体は素直に反応してしまう。ユウラはそんな自分が嫌いだった。
二度目の情事が終れば、ユウラは解放される。重く感じる自分の体を引きずって部屋に戻ったユウラは戸の前に立つ天使に気がついた。

「シン、何をしているのですか」
「あっユウラ様・・・・その」

シンは視線を下に落とした。ユウラはその腕の中にハープがあることに気がつくと、優しい笑みを見せた。

「昼間レイからユウラ様が私のハープを所望しているということを聞きまして・・・・」
「わざわざ来てくれたのですか」
「はい。ですが・・・・」
「すみません、このような時間まで・・・・・中に入ってください。あたたかいお茶でも淹れましょう」
「いえ、ユウラ様もお疲れでしょうから私はこれで・・・・・」

ユウラはシンの腕をつかむと引きずって部屋の中に入った。シンは困ったようにユウラを見る。

「シン、お座りなさい。体が冷えていますよ。お茶を飲んだら一曲聞かせてくれませんか。とても疲れたので心地よくなれるものを」
「・・・・はい」

シンがうなずいたのを見るとユウラはお茶を淹れにたつ。シンが待っていたのは意外だったが、体の疲れを取ることができそうである。
カップを二つ持ってユウラは部屋に戻る。

「どうぞ。西の森で採った香草で淹れたお茶です。口にあうといいのですが」
「ありがとうございます」

シンはお茶を一口飲んで、ぱぁっと笑顔になった。

「とてもおいしいです」
「それはよかった」
「体の奥から温まるような感じがしますね」
「そうでしょう。私も寝る前に少し飲むのです。気持ちよくなるでしょう?」
「はい。とても」
「では、ハープをお願いしてもいいですか?」

シンはうなずくと弦に触れた。ゆっくりと細い指先が奏でる旋律はユウラの体の疲れを癒して行った。
ユウラはその音色を聞きながら遠い昔に思いをはせたのであった。