第六話

「ラキ、どうした。お前、神殿から戻ってきてから少しおかしいぞ」
「あぁ・・・・おれはもとからおかしいんだよ、ユリ」
「何があった」
「別に」

ユリはふてくされた顔をするラキの隣に座った。ラキはじっと窓辺に座ったまま動こうとはしない。

「何かを無理に聞こうとはしない。だが、ラキ。忘れるな、私とお前は・・・」
「忘れないさ、ユリ・・・」

ラキはそう言ってユリを見て笑うと、また窓の外に目をやった。
外には東の森が広がっている。そこで黒いもやが上がっているのを見たラキは窓から飛び出していた。背後でユリの声がしているが、そんなことにかまってはいられない。
東の森はユウラがよく行くところなのだ。そしてあそこの森が東西南北に点在する森の中で一番危険な場所なのだ。
森の中に駆け込んだラキは翼を広げた。木々が邪魔ではあるが、走るより早くいける。
メキッと音がしてラキの背に黒い翼が広がった。二対の翼を羽ばたかせ、ラキは黒いもやへとむかっていく。

いっぽう、ラキがまだ女神の神殿にいたころユウラに薬草採りを頼まれた四人組は東の森の中央にいた。

「ユウラの薬はよく効くからな。あれがないと困ることが結構ある」
「えぇ。ユウラ様は調合の天才ですから。それゆえにゼウス様にも愛されているのでしょう」
「それだけじゃないだろうな。ユウラの翼は三対ある。美しい銀の大羽だ。私はあれを一度だけ見たことがあるが、本当に美しかった」
「ボクにも羽はありますが、ユウラ様のように高くは飛べません」
「レイの羽は薄紅だったな」
「はい」
「中々美しかった」
「・・・ありがとうございます」

レイはルカの言葉に頬を赤らめる。

「そういえば、シンはハープが得意でしたね」
「えぇ」
「ユウラ様が今度部屋で奏でて欲しいとおっしゃっていましたよ。ご自身の笛の音色と合わせたいのだそうです」
「そんな・・・・ユウラ様の笛には劣ります」
「シンはハープを弾いているのか・・・・」
「はい。神官になる前はいつも」

ユダはその言葉にはっとしたようではあったが、何も言わずにシンの籠を持った。

「えっ・・・」
「オレが持とう」
「ありがとうございます・・・」

レイが二人を呼ぶ。薬草を見つけたのだ。
四人は籠いっぱいになるまで薬草を摘んだ。

「これだけあれば十分でしょう」

レイは満杯になった籠を抱えて満足そうに笑う。シンの持つ籠にも数々の薬草が山となって入っていた。
満杯になった籠を抱えて一行が森に背を向けたときである。背後の茂みがガサリとなって、触手が襲ってきた。
レイをルカが、シンをユダが抱えて飛び上がる。触手は一行がいたところを薙いでいった。

「あれは・・・・」
「ユウラ様がよくおっしゃっていた負の塊・・・・・・・!?」

ユダとルカが軽く舌打ちをしたときである。上空から銀の光が下降してきた。それは四人の目の前に黒を広げると言った。

「お前ら、さっさと森から出ろ」
「その声・・・ラキ!?」
「こいつはおれが片付ける。怪我をしたくなければさっさと去れ」

ラキを引きとめようとするレイとシンを抱え、ユダとルカは空に飛び上がる。それを見送ったラキは剣先を触手へと向けた。本体は恐らく森の闇の中に潜んでいるのだろう。
一対だけだった翼が二対に増える。ゆっくりと閉じられた瞳がまたゆっくりと開く。金色に光る瞳があった。

「オレは今無性に腹がたってるんだ。このまま森の奥深くに帰るというのならそれでよし。帰らねば、斬る」

触手がラキに向かって伸びてくる。ラキはそれを交わすと、ふっと笑みを浮かべた。

「いい度胸だ」


森の外へ出た四人はラキのことが心配だった。

「ラキ・・・・」
「ユダ殿、ルカ殿!」
「ユリ・・・どうした?」
「ラキが、森へ入っていったので・・・・・追いかけてきたのですが、ラキは?」
「ラキは今、森の中で・・・・・」
「ラキッ!」

森の中から出てきたラキにユリは駆け寄った。ラキは顔をあげると笑ってユリを見た。

「まったく、お前というやつは、すぐにいなくなって・・・・」
「ん、悪い」
「悪いとか言いつつ悪いと思っていないところがお前らしいけど」

ラキに擦り傷は数多くあるが、大きな怪我はないようだ。それを知ったユリはほっとした。
ユダがラキに近寄っていく。ラキはちらりとユダに視線を向けたが、すぐユリに視線を戻す。

「助かった、ラキ。ありがとう」
「別に。ユウラだと想ったから助けただけだし」

ラキの背で翼がばさりと不服そうに羽ばたく。ラキは渋い顔をして自分を見るユリを見て笑った。

「戻るか、ユリ」
「あぁ。では、ユダ殿。これで失礼します」

ラキとユリは神殿へ戻って行く。ユダはなんともいえない表情でそれを見送ったのであった。