第五十二話
「風よ、愛しき人の下に私の想いを届けて・・・・・」
セラははぁっと溜息をついた。胸が締め付けられる想いがする。
「悩んでも仕方ない。ユリウスとオーディンさんのところに行こう」
セラは菓子を包んで、バスケットに入れるといえを出た。
ロウ兄弟のいるフォルトナ村まではすぐだ。
昔師事していたジョエルの診療所へ足をむける。ふと、耳に竪琴の音色が聞こえてきた。
「オーディンさんの音色」
竪琴の音に導かれるようにしてセラは歩いた。
ジョエルの診療所を過ぎ、よく遊びにきていたロウ兄弟の家の前に立つ。
「オーディンさん」
「その声・・・・・・セラなのか」
竪琴の音色がやんでオーディンが姿を見せた。
セラが隣村に医師として村を出て以来である。
「久し振りだな。ユリウスには会ったか」
「いいえ。近くまで来たらオーディンさんの竪琴の音が聞こえてきたから」
オーディンはセラに近づくとそっと華奢な体を抱き締めた。
「セラ・・・・ずっと会いたかった」
「私もです」
セラもオーディンを抱き締め返す。
セラは懐かしい温かみに触れ、ほっとする。
「どうした」
「なんだか急にオーディンさんとユリウスに会いたくなって」
「辛いことでもあったか」
セラは首を振る。
辛いことなんて一つもない。
隣村の人々はセラに優しくしてくれる。
「今日は相談があって」
オーディンは顔をほころばせた。
「わかった。ユリウスも早く帰ってくるだろう」
「うん」
セラはオーディンに導かれ、家の中に入って行った。
「調子は?」
「皆優しくしてくれるわ。でも、ちょっとだけ寂しいの」
「私達はいつだってセラを歓迎する」
「うん、ありがと、オーディンさん」
オーディンは小さく笑みをこぼすとセラの手に触れた。
「セラ、その呼び方はやめてほしい」
「えっ」
「セラに名前を呼ばれるのがいやというわけではない。ただ、呼び捨てのほうが落ち着く」
「オーディンさんが言うのなら」
セラはそう言って口を押さえた。言ったそばから、間違えてしまった。
「ごめんなさい・・・」
オーディンは苦笑する。
セラの頭を優しく撫でているところに、彼の弟ユリウス・ロウが戻ってきた。
セラがいるのをみると 驚いたようだ。
「セラッどうしてここに?」
「相談があったの。来たらいけなかった?」
「ううん。歓迎するよ」
そして、ロウ兄弟と夕食をとりながらセラは本題に入る。
オーディンもユリウスもセラの話を聞いて唖然としてしまった。
「セラ、その人が好きなの?」
「うん・・・・その人のことを考えるとすごくどきどきする」
セラが好きなのは、彼だ。
天使である彼を想ってはいけないのかもしれない。でも、抱いた思いを消し去ることなどセラにはできなかった。
「私・・・・・・どうすればいいんだろう」
「セラ・・・・・」
「好きなの、あの人が。そばにいたいと思うわ。でも、住む世界が違うから」
彼がそばにいるとセラは安心できた。
得体の知れないものに襲われる恐怖も、一人ぼっちの寂しさも。
「私、どうすればいいんだろう」
「セラの思うままに進めばいいと思うよ」
「ユリウス・・・・」
「僕、セラの頑張りは良く知っているから」
ユリウスは優しくセラの頭を撫でた。
セラは目を潤ませてユリウスに飛びつく。
「それに、セラの選んだ者ならば、悪いこともないだろうし」
「オーディン・・・・・」
「セラは私達にとって大切な家族のような存在だ。私達は、セラが幸せになることを願っている」
セラはうなずいた。
夜半も過ぎ、セラは帰るという。
ユリウスとオーディンはせめて朝になるまで、と引き止めたがセラはどうしても帰ると言って聞かなかった。
「でもセラ、もし何かあったら・・・・」
「大丈夫!」
何が大丈夫なんだ、と小さく溜息をつきながらユリウスとオーディンはそれ以上何も言わずにセラを見送った。
夜空に光る星を見上げながら、セラは小さく子守唄を歌った。
今はもういない母が歌ってくれたものだ。
「セラ?」
「?!」
背後からの声にセラは驚いて振り向いた。
ふわりと降り立ったのはゴウだ。
「ゴウさん・・・」
「どうした、こんな時間に」
「いえ・・・・古い知り合いの所に行っていたんです」
「まったく。こんな時間に歩くと襲われる。家まで送ろう」
「ありがとうございます」
思いがけない幸運にセラは笑みを浮かべた。
隣を歩くゴウを見上げ、セラは幸せな気分に浸る。
「ゴウさん、あなたに会えてよかった・・・」
「セラ?」
「いえ、なんでもないんです」
セラはそっとゴウの手に指を絡めた。ゴウはいささか驚いたような表情でセラを見たが、やがて笑みを浮かべるとその手を握り返す。
人と天使でもいい。ただ、この人のそばにいたい。
セラはそう思ったのであった。