第十一話

「おや、シンじゃないか。どうした」
「ユダ・・・・・いえ、ユウラ様がお一人になられたいとおっしゃるので、少しハープでも奏でようかと」
「レイは?」
「ルカとともに森へ。ユウラ様を元気付けるのだと、あの方のお好きなフォーの実を捜してくると言ってました」
「そうか」

ユダはシンの隣に腰をおろす。
彼らの前にある泉は日の光を受けて輝いていた。

「ユウラ様は私達に何か隠しているのでしょうか。時折よそよそしく思うのです」
「どうだろうな・・・・・ユウラの考えていることは何も分からない」

それはユウラと出会ったときから変わらない感想だ。
過去のことを教えてもらってもその印象は抜けない。
あの二人はまだ何かを隠しているような気がしてならないのだ。

「ユダ?」
「ん、どうした、シン」
「いえ・・・・少しぼんやりとしていたので」
「考え事をしていた」
「・・・・・ユダ、私達はユウラ様を信じていいのでしょうか」
「シン・・・」
「あの方に仕える私がこんなことを言っていいはずがありません。でも・・・・・不安、なのです。ユウラ様は私達を信用してくださってないのだと」
「そんなことはない。あるはずもない」

ユウラはそれこそ無防備なほどユダたちを信用している。
神が与えるべき、無償の愛というものをユウラはシンやレイたちに与えているのだ。

「ユウラは脅えているんだ」
「ユウラ様が・・・・・?」

喪うことが怖いのだと、ユウラは言った。ラキもそれにうなずいた。
二人は一度何もかもを喪っているのだ。仲間たちの記憶というかけがえのないものを。

「もう一度、喪ってしまうのではないかと」
「・・・」
「シン、ユウラを信じてはくれないか。今は何も話せないだろうが、きっと話すときがくる。だから、それまで待っていてくれ」
「ユダがそういうのなら・・・・」

シンの言葉にユダはうなずいた。
同時刻、女神の神殿。

「シヴァ」
「ラキ・・・どうしたのさ」
「ユウラが呼んでいた」

シヴァはぱっと立ち上がった。
ユウラに助けられてから、会うことができずにいたが、やっと会えるようだ。

「ただ、ユウラはいま少し具合が悪いみたいなんだ。少し気をつけてやってくれ」
「うん、わかった」

ラキにつれられてユウラのもとにむかう。
ゼウスの神殿は静かだった。
シヴァの記憶にある神殿とは違うように思えた。

「ユウラ、シヴァをつれてきた」
「お入りなさい。シヴァだけですよ」

ラキはシヴァを見た。シヴァはうなずいて、中に入る。
部屋のはしに置かれた寝台にユウラは腰掛けていた。

「シヴァ、いらっしゃい」
「ユウラ・・・・・具合、悪いんだよね」
「ラキが心配性ですからね」

ユウラは苦笑してシヴァを見た。

「あなたに、謝らなければならないと想って・・・」
「謝る?」

シヴァは怪訝そうに聞き返した。
ユウラは儚げな笑みを見せる。

「あなたを探すことができなかった。その結果、苦しい思いをさせてしまいましたね」
「・・・・別にユウラのせいじゃないさ。それに、ユウラだって今は・・」

ユウラは微笑んだ。

「ありがとう、シヴァ・・・・できれば、これからも神殿に足を運んではもらえませんか。何が起きたのか、はっきりさせなければなりませんし・・・・・パンドラにも会えますよ」
「べ、べつにそんなことは・・・・」
「私もシヴァに来てほしいと思ってます」
「・・・・わかった。ユウラが言うのなら」

ユウラはそっとシヴァの手を握った。

「シヴァ、あなたにすべてを話しましょう。でも、長いので少しずつですね」
「うん。ユウラ・・・・」
「はい?」
「僕、ユダも好きだけど、ユウラも好きだよ」

ユウラはぽかんとしてシヴァを見た。
シヴァは小さく笑うと扉のほうへむかっていく。
ふと出る前に脚を止めるとユウラのほうを見た。

「ユウラ、今度あなたの絵を描きに来ていい?」
「えっ、えぇ・・・・・歓迎しますよ、シヴァ」

シヴァは笑顔で部屋を出て行く。
ユウラはふぅっと息をつくと、寝台に倒れこんだ。

「まだ・・・・終るには早すぎる」
『ユウラ様』
「あぁ、あなたたちですか」
『護衛は』
「お願いします。大変ですか?」
『無茶な注文には慣れてますから』

ユウラは苦笑した。確かに、無茶な注文ばかりをしているような気がする。

「では・・・引き続き頼みましたよ」
『はい』

空気に姿を溶け込ませた者達の気配が消える。
どっと疲れがユウラに押し寄せてきた。

「眠い・・・・」

ユウラはゆっくりと瞳を閉じ、暗闇へと意識を落としたのであった。