第十話

「ゼウス様っ!」
「ユウラか。どうした」
「悪魔が・・・・天界に入り込んでいたのです。ですから」
「私は無事だ。だが、お前自分の姿を見てみたか?」
「・・・・・みなにも言われました。ですが、私はあなたの無事のほうが大切ですから」

小さくはにかむように笑ってユウラは言った。
ゼウスはユウラの身体に刻まれた無数の傷跡に目をやった。
その視線を感じたユウラは慌てて傷を隠そうとする。

「悪魔にやられたか」
「・・・・神官たちをまとめる私がこんなことではよくないでしょうが・・・絶望なされましたか?」
「来い」
「はい?」
「いいから、さっさと来い」

ユウラはゼウスの前に歩み寄っていく。
ゆっくりとした歩みに業を煮やしたゼウスは、自ら立ち上がってユウラのそばに近寄った。
目を丸くしたユウラは、次の瞬間ゼウスに抱き締められていた。

「ゼウス様・・・」
「ユウラ、何故傷つけられる。お前の肌を傷つけていいのは私だけだ」
「・・・ゼウス様、血が・・・」
「わかっているのか、ユウラ」

ゼウスの瞳に射抜かれてユウラは動きをとめる。

「この傷・・・・・さっさと消せ」
「やっ・・・・ゼウス様・」

傷口にゼウスの唇が押し当てられると、ユウラは悶えた。

「沁みるか」
「ちが・・・・やめてください・・・・・ゼウス様」

腕にはじまった口付けは、だんだんと上へと上がっていく。
震える体を必死で立たせるユウラは、我慢の限界を感じていた。

「もぉ・・・」
「なんだ、ユウラ」
「もう、おやめください、ゼウス様・・・・お戯れがすぎます」

そっとゼウスの身体を突き放したユウラは、目を伏せた。
長い銀髪がユウラの表情を覆い隠してしまう。

「ユウラ・・・・」
「私はあなたのものです。その呪縛がなされているのに、これ以上どうするのですか・・・・」
「その心もか・・・・」

ユウラはふっと笑んだ。

「・・・・あなたのものです」

ユウラはゼウスの前にひざまずいた。
ゼウスを見上げたユウラの瞳にかすかな涙が浮かんでいるのをゼウスは見逃さなかった。

「ゼウス様、あなた様が望まれるのならば私は永久にあなたのそばにおります。ですから、その心を悪魔に支配されないでくださいませ」
「・・・・」
「私はこれで失礼いたします。すみませんが、今日明日は神殿に出てくることはできないと思います」
「ユウラ」
「私はあなたのものです。それは変わりません」

ユウラはそう言ってゼウスの前を辞した。
自らの部屋に戻るまでに、ユウラの顔色は変わっていた。
ふらりと倒れたユウラの身体を背後からの腕が抱きとめる。

「シア・・・・」
「あほですか、あなたは」
「あほ・・・・なのかもしれないですね」

小さく微笑んだユウラの頬を引っ張ってから、ユウラの身体を横抱きにした青年の姿は消した。