第六話

ゼウスは玉座で一人溜息をついていた。かたわらにはべっているはずの、天使の姿はない。

「ユウラ・・・・」

ユウラはいつもゼウスを悲しげな瞳で見つめる。
その瞳が気にらなかった。

「ゼウス様・・・」

ユウラが広間に姿を見せた。
神官たちに着せる薄布を身にまとい、白銀に輝く髪を結い上げている。

「浮かぬ顔をなされていましたが、お体の具合でも・・・」
「いいや、問題はない・・・・・ユウラ」
「はい」
「こちらへこい」

ユウラは言われたとおり、ゼウスに近づいた。ユウラはゼウスの前にひざまずく。

「聖霊祭でのことは聞いた」
「では・・・」
「許可しよう」
「ありがとうございます、ゼウス様」

ユウラは嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑んだ。
ゼウスの前では滅多に見せることのない表情だ。

「それと、聖霊祭では楽を奏でるそうだな」
「はい。女神親衛隊のラキとともに」
「・・・・・期待しておる」
「はい」

ユウラはゼウスを見上げ、微笑んだ。
滅多に見せることのない、明るい笑顔だ。

「下がれ」

ユウラはゆっくりと退出していく。ゼウスは軽く舌打ちした。
その音に、ゼウスの背後から一人の女が姿を見せた。

「ゼウス様」
「お前か・・・・」
「あの天使が?」
「そう。ユウラだ」

女はゆっくりとゼウスの膝に座る。
白く細い腕がゼウスの首に絡んだ。スリットの入った黒いドレスから、白い足がのぞく。

「奪いたいのなら、邪魔になる者を消してしまえばいい」
「邪魔になる者・・・・?」
「そう・・・・神官たちは必要・・・だから、・・・・・・」

女はゆっくりとゼウスの耳元で囁いた。


ユウラは背筋に震えが走るのを感じた。
振り向いたユウラをゴウが呼び止める。

「ゴウ・・・・」
「どうした、ユウラ」
「いえ・・・・・」
「そういえば、もうすぐで聖霊祭だな。ガイも楽しみにしていた」
「えぇ。神官たちも初参加ということでそわそわしていますよ」

ユウラは嬉しそうに微笑んだ。初めは、不安そうな顔をしていた神官たちであったが、ユウラが説得するにつれ、乗り気になってきた。
主にレイとシンが。

「楽しげに準備をしてくれるのはいいことです。息抜きにもなると思いませんか」
「あぁ。準備、気をつけろよ」
「ゴウは手伝ってくれないのですか?」

ユウラは小さく首をかしげた。
ゴウのことだ。手伝ってくれると思っていたのだが。

「俺の力が必要か」
「えぇ」

文句を言わせない笑みでユウラは言った。ゴウはうなずく。

「よろしくお願いします」
「まったく。本当、ユウラには負けるな」
「ちゃんとお礼はしますよ」
「ユウラの手製の茶菓子をもらえるか?」
「・・・・・もちろん」

にこっと微笑むとゴウは聖霊祭の準備の日、手伝いに来ると言って帰って行ったのであった。
ユウラはそれを見送りながら、微かに感じた悪意に胸騒ぎを覚えた。
先ほど出てきた謁見の間を見る。

「ゼウス様・・・・」

何もなく、聖霊祭が終ることをユウラは祈ったのであった。