第五話

夜半も過ぎたある日、ユウラはシンとレイの目を盗んで外に出ていた。
最近ゼウスの夜伽をする数がめっきり減った。そして神官たちが互いに牽制し始めてきていた。

「・・・・」
「ユウラ?」

何も言わず顔を辛そうに歪めるユウラに小さな声がかかった。肩にのったルウは少しだけ不安そうな顔でユウラを見ている。
ユウラはふっと笑みを浮かべるとその白い背を撫でる。

「すみません、なんでもないのですよ」
「でもユウラ・・・・」
「ルウ、あなたの首の玉が紅なのは私のせいなのです」
「ユウラの?」
「えぇ・・・・表面的に私の罪は現れていない。でも、あなたに出てしまった・・・」
「運命をゆがめたことへの?」
「はい」
「・・・ボク、この色好きだよ」
「ルウ」

ルウは愛しそうにユウラに頬ずりをした。

「ユウラがボクを見てくれるもの。ユウラ、紅が好きでしょう?」
「・・・・・はい」
「だからいいの。ボク、ユウラが見てくれるからこの色嫌いじゃないよ」

ユウラは微笑んだ。

「・・・・・・ありがとう。さて、ルウ、湖に行きましょうか」
「うん!」

月夜に笛の音が響く。その音を聞きとめたのはマヤだ。

「あっ、ユウラだー」
「こんばんは、マヤ。お散歩ですか?」
「眠れなくて・・・・・兄さんにナイショで出てきちゃった」
「おやおや・・・」

マヤはユウラの隣に座った。

「ユウラも眠れなかったの?」
「私は笛を奏でたくて・・・・でも神殿では眠っている神官たちに迷惑をかけてしまいますからね」
「じゃぁボクは得したんだね」
「えっ?」
「ユウラの笛を聞けたんだもの」
「・・・・えぇ、そうですね」

ユウラは滅多に笛を奏でることはない。奏でたその音色は空気を震わせ、すべてを包み込む。
中々聞くことのできないユウラの笛は貴重なものである。大切な天使からもらったのだという。
一度ルシファーなのか、とたずねたら違うという答えが返ってきた。ユウラにしては珍しい答えだ。

「その笛、誰からもらったの?」
「気になりますか」
「うん・・・・」

ユウラはふわっとした笑みを浮かべた。マヤはその笑みを見てドキリとする。

「ラキですよ」
「へっ、ラキ?」

ひょうしぬけた声だ。そんなに驚いたのだろうか。
ユウラはきょとんとしてマヤを見た。

「ラキって音楽に関心あるの?」
「あぁ、そこに驚いていましたか」
「ラキはあれでも色々な楽器をやるんだよ。マヤ、知らなかった?」
「全然・・・・」

ラキはそれこそ笛だけではなく竪琴も奏でることができる。そんなに地獄では暇だったのか、とユウラが突っ込んでしまうほどに。
マヤはしばらく考えるようにしてから、ユウラを見た。

「ラキに頼めば何か奏でてくれるかな?」
「多分」
「じゃぁ今度頼んでみよう。ユウラと一緒に合わせたのも聞きたいな」
「時間があればね」

マヤは笑顔になって、ポンと手を叩いた。

「今度の聖霊祭で奏でてよ」
「えっ・・・」
「神官も出るんだろう?なら、そのときに」
「・・・・・・わかりました。マヤがそう言うのなら、ラキにも話してみましょう」
「やったvv」

マヤは嬉しそうな顔をした。
ユウラは微笑んで、立ち上がる。そろそろ身体も冷えてきた。
十分に笛も奏でられたから、満足だ。

「マヤ、そろそろお帰りなさい。キラも心配して探し出すころでしょう」
「うん。じゃぁね、ユウラ」
「おやすみなさい」

マヤが帰るとルウが姿を見せる。

「やるの、聖霊祭」
「やらないわけにもいかないでしょう。どのみち、奏でることにはなるでしょうから」

白い衣が闇にはえる。
ルウの赤い瞳がユウラを見た。

「神官たちには話したの」
「ゼウス様から、お話がいっていると思いますよ」

ユウラが言うと、ルウはうなずいた。
ユウラは真っ白な月が浮かぶ空を見上げた。

「何も起こらないといいですね・・・」

本当に何も起こらないといい。
だが、また、不安は現実となって姿をユウラの前に現すのだった。