第三部 第一話

地獄界のさらに下、煉獄と呼ばれる場所にその天使はいた。
艶やかな漆黒の髪、もとは天界で天使たちを統べていた者である。
名はルシファー。今彼は一人物思いにふけっていた。そんな彼の背後に二人の天使が姿を見せる。

「ルシファー様、何をお悩みになっておられるのです」
「ハクとシキか」
「はい。ルシファー様、お顔色が優れないように思えます」

二人の天使はそっくりな顔を不安に曇らせた。ルシファーは溜息をつく。
反逆のときに自分についてきたのは嬉しかったが、ここまでまとわりつかれると鬱陶しいものがある。

「いつもそうしてお顔を曇らせておりますね」
「何でもない」
「私たちに何ができませんか」
「何もない。ほうっておけ」
「ルシファー様・・・・」
「ルシファーってもてもてww」

およそ地獄には似つかわしくない声がルシファーの耳に届いた。
普段は邪魔なだけであるが、今度ばかりは助かったと思うべきなのであろう。

「ラキ」
「なになに、ルシファー。俺、こいつら知らないんだけど」
「何やつ!」
「旋風のラキ。一応地獄の守り人ってことで一つよろしく」

ラキと名乗った青年はニコッと暗い茶の瞳を細めた。

「つっても今は天使だけど」
「何故天使がここにいる!」
「あぁそうそう、ほらルシファー。届け物」

ラキはルシファーのそばに近寄ってくると腕に抱いたものを押し付けた。
そっとのぞけば、すやすやと眠る天使の顔があった。

「苦労したんだぜ〜なにせユウラのそばにはレイとシンがはべってるからな。ユダとルカに事情説明して、なんとかレイをシンを外に連れ出した。と想ったら次は神官どもだ」
「それはすまなかったな」
「なんだか誠意が感じられないんですけど〜」

ラキの不満そうな声にルシファーは微笑を浮かべた。
腕の中で天使が僅かに身動きする。

「じゃ、あとは二人で好きにやってくれ」
「いなくなるのか」
「俺はユウラと一緒なの。馬には蹴られたくない」

ラキはそう言うと翼を広げ、地獄の闇の中に溶けてしまった。元々ラキは地獄に住んでいたのだ。
天界よりも居心地がいいのだろう。ルシファーはそう考えながら、腕に抱く者の銀の瞳が開かれるのを待っていた。
面白くないのが、ハクとシキである。ルシファーの腕に抱かれるのが、天使であることは知っていた。
それもとびきり美しい天使である。

「ユウラ・・・・」
「んっ・・・・・・」

その天使と触れ合うときだけ、ルシファーの瞳は優しい光を宿す。自分たちには決して向けてくれない瞳だった。

「ルシファー・・・・様?」

銀の瞳がルシファーをとらえた。口元に柔らかな笑みを浮かべてルシファーを見た。

「ラキは、ルシファー様のもとに私を連れて来てくれたのですね」
「あぁ。体はどうだ?」
「何も。問題ありません」

ユウラは体を起こした。何も着ていないらしく、身につけていたのはラキがユウラを包んできた薄布一枚であった。

「ハク、シキ。ここから去れ」
「えっ・・・」
「二人きりにしてほしい」
「・・・・わかりました」

ハクとシキは不満そうな顔をしてルシファーのもとから去る。ユウラはなんともいえない顔をしてルシファーを見た。

「なんだ」
「ルシファー様、今のは?」
「私についてきた天使たちだ。ついてきてくれるまではよかったが、今は鬱陶しい」
「そんな・・・・」
「私とお前が会える時間が短くなる。それでなくとも会えないだろう?」

ユウラは顔を赤くした。細い指先がユウラの顔の線を形なぞっていく。
ゆっくりとルシファーの口元に笑みが浮かぶ。

「ユウラ、私以外の天使を見るな。今はただ私だけを見ていろ」

ユウラは真っ赤になって小さくうなずいた。
そして、ユウラの体を覆い隠していた薄布がはらりと地に落ちたのであった。