第十九話

「ユウラ」
「ユダ、ルカ。よく来てくれましたね」
「ユウラに会いたくてな」
「まぁ」

ユウラはクスクスと笑った。ユダとルカは洞窟の中へ入っていく。と、その前に白銀の狼が姿を見せた。
狼は牙をむいて、二人を威嚇する。ユウラがそっと頭に手を載せると途端に大人しくなった。

「すみません。少し朝から落ち着きがないのです。大丈夫です、すぐにあなたたちの匂いを覚えると思いますよ」

ユウラが座ると狼もその脇に座った。ユウラはふさふさとした毛並みの狼をそっと撫でる。
狼は気持ちよさそうに目を細めた。

「ルウ、いらっしゃい」

ユダの肩にルウが姿を見せる。ルウはそのままユウラのもとに駆けて来た。ユウラの肩に飛び乗ると嬉しそうに頬ずりをする。

「よくユダとルカをつれてきてくれましたね」
「だって二人がユウラに会いたいって言うから。それにボクもユウラに会いたかったんだよ」

ユウラは微笑んで二人を見た。二人とも顔をそらしてしまう。

「ところで、二人は何をしに来たんでしょう?」
「いや、この前あんな話を聞いたから・・・・少し、ユウラのことが気になってな。それと・・・レイとシンの様子を伝えようと思ったんだ」
「二人とも元気ですか?」
「あぁ。ユウラのことを気にかけてる。お前がいつ戻ってきてもいいようにと、部屋も綺麗にしていた」
「本当に?二人には本当、迷惑をかけてしまってますね」

ユウラは小さな溜息をついた。

「あと、少し聞きたかったこともあるんだ」
「聞きたいこと?」

怪訝そうに聞き返したユウラに二人はうなずいた。
ユウラは微笑んでうなずいた。

「私に答えられることならなんでもどうぞ」
「記憶がなくなる前の俺たちについて、教えてくれないか」
「記憶がなくなる前の・・・・?」
「あぁ。知りたいんだ。お前やラキ、それにゴウやレイたちとどのように接していたのか」
「ずっと違和感があってたまらないんだ。彼らと接していても何かが違うような気がしてならない」

ユウラは顔を曇らせた。確かに違和感はあるだろう。
名は知っているが顔をあわせたこともない天使たちが、実は知り合いだったなどといわれても困るだけである。
ユウラはユダとルカに目を向けた。

「わかりました。私が知っている範囲でお答えしましょう」

ユウラは自分が知っている限りの彼らのことを話した。ユダとルカは目を閉じて聞き入っている。
ユウラは自分が話していくうちに懐かしさに襲われた。

「私が知っているあなたたちはこのくらいです。あまり参考にはならないでしょうが」
「いいや。ありがたかった」
「ユウラーっと・・・・・なんだ、来てたのか」

ラキが顔をのぞかせた。ユウラは笑みを浮かべる。

「ユリ殿は?」
「元気元気。無茶苦茶元気」
「それはよかった。で、シヴァは?」
「近いうちに神殿にあげられる。女神のほうだけどな」
「そうですか」
「どうした、不安そうだな」
「いいえ」

ユウラは溜息をついた。そんなユウラの掌を狼が舐める。
ユウラは狼に笑顔をむけて、頭を撫でた。狼は嬉しそうに目を細める。

「俺たちはそろそろ戻るな」
「そうですか・・・・」
「ユウラ、戻ってくるだろう」
「はい。あと少し、療養していこうかと思います。レイとシンのこと、お願いしますね」
「あぁ」

ユダとルカはうなずいて、戻って行く。ユウラはほっと息をついた。狼とラキが不思議そうにユウラを見る。

「そんなに緊張したのか」
「いえいえ。でも、緊張したといえば緊張しましたかね・・・・」
≪ユウラ、相変わらずだな。あいつらにばれるはずもあるまい≫
『あぁ。私も完全に狼になっていただろう?』
≪そうだな。そいつの言うとおりだ≫

ユウラはなんともいえない渋い顔をする。狼は苦笑した。

『いやか?この姿の私は』

ユウラはそんなことないと、首を振った。そして狼の首に腕を回す。
ふわふわとした毛並みが頬に気持ちいい。

『ユウラ』
「ルシファー様、お願いです。その格好で名前を呼ばれると、どうしても笑えるのですが・・・・」

そう言ったユウラの背後でラキが噴出した。狼は何も言えないのか、ユウラの顔を見た。
なんだかとっても切なそうな顔をしているような気がする。

≪ルシファー、姿を元に戻したらどうだ?今はもう誰もいない≫
『そうしよう』

狼の姿が一瞬にして美しい漆黒の天使になった。ユウラはその天使に抱き締められる。
ユウラは微笑んで、抱き締め返した。

「さぁて、俺は邪魔みたいだからいなくなろうかな」
≪では私も消えよう。ユウラ、ゆっくりとしろよ≫
「はっ、母上!ラキ!」

ユウラは真っ赤になって声なき主とラキを見た。が、二人は既に気配なく消えている。
後ろを見ていたユウラの顎をルシファーの指先が捉えた。
ゆっくりとユウラの顔がルシファーのほうへむけられる。

「ユウラ、久方に会ったのだ。私だけを見ないのか?」
「ルシファー・・・・様」
「傷を失ったとラキから聞いた。地獄にある我が身ではお前に会えないな」
「申し訳ありません」
「ユウラ、泣きそうになるな。お前のせいではなかろう」

ユウラは首を振った。ルシファーはそっとユウラの頬に手を当てた。

「ラキとガイア殿が助けて作ってくれたこの時間。無駄にはしない」
「ルシファー様、この」
「お前の身を私に委ねるか」
「・・・はい」

微笑んだユウラの唇にそっと口付けを落とした。
銀と黒の髪が混ざり、美しい模様を作り出した。ユウラは今この瞬間の幸せを噛み締めたのであった。