第十八話

「さぁて、ユダとルカは来るかな。なぁ、ユウラ」
「何勝手に話すとか約束してるんですか」
「それも来なきゃいいことだろ」
「来ますよ、あの二人は」

東の湖のほとり。ユウラとラキは座って月を見ていた。月明かりに照らされるユウラの顔色はいささか悪い。
だがこれでも回復したほうなのだ。
二人の背後で茂みが音を立てた。二人は同時に振り向く。
月明かりの元にユダとルカが出てきた。

「来たのか」
「お前が来いと言ったくせに何を言うか」
「ユウラ・・・・体の調子はいいのか」
「はい。今日は珍しく調子がいいので。それにラキだけでは余計なことを話しそうで不安なのですよ」
「あっそりゃないな」
「嘘おっしゃい。今までにも危ないことは何度もあったでしょう」
「あぁ、はいはい。わかったから、二人ともそれまでにしておけ」
「夜が朝になるぞ」

ユダとルカの言葉にユウラとラキは言い争いを収めた。

「座ったらどうだ?どうせ話は長くなるんだし」

二人はうなずいて、ラキとユウラの両隣に座った。

「さて、どこから話したものかな」
「ユダ、ルカ、話す前に一つだけ絶対に守ってもらいたい約束があります。これを守ってもらわなくては話すことはできません」
「あぁ」
「今日、私たちが語ったことは誰にも話さないでください。自分たちの胸のうちにだけとどめておくこと。できますよね?」
「あぁ」

ユウラは満足そうに微笑んだ。そしてラキに話すよううながす。

「昔、俺とユウラは一人の女神の腹から産まれた」


女神―創生神ガイアだ。ユウラは六対の白銀の翼を、俺は三対の漆黒の翼を持って生まれた。ガイアは俺たちを地獄界と天界に分けて産み落とした。俺たちはそこで育ってきたんだ。
ゼウスの前の大神は知っているだろう?クロノスだ。ユウラはクロノスの夜伽もやっていた。ゼウスに出会って、やつの所有物となるまで。
口は挟むなよ。本当に長い話になるんだから。
ゼウスのそばにいるようになってから、ユウラは一人の天使とあった。天使長と呼ばれた美しい漆黒の天使、名はルシファー。

ユウラの体がその名に反応して、震えた。ラキの瞳がユウラをむく。

「自分で話してもかまいませんか、ラキ」
「お前が平気ならいいよ」

ユウラは淡く微笑んで話し始めた。


私はルシファー様に一目会ったときから、自分が仕えるべきなのはこの方なのだとわかりました。でも、私はゼウス様に逆らうことを許されなかったのです。ゼウス様に抱かれ、私の体には幾重もの呪縛が巻きつけられていたのです。逃れられるわけもなかった。
でも私は本当にルシファー様のことが好きだった。あの方のためになら自分の身を滅ぼしてもいいと思えるほどに。
今はもうこの天界にいらっしゃいません。地獄界に、おとされたのです。
私は他の天使たちと共にルシファー様討伐を命ぜられました。ルシファー様に剣を向けろ、とゼウス様は非情にもおっしゃられたのです。
これは私の賭けでした。もしも、ルシファー様の太刀を一度でも受けることができれば、この運命から逃れられると。もう、誰かを傷つけることはないと。
ルシファー様と向かいあったとき、私は剣を落としました。あの方の一太刀が私の胸に吸い込まれるのを見たとき、ほっとしました。これで、いいのだと。
私の胸には今も残っていたのです。あの方から受けた傷が。それが私とあの方をつないでくれるただ一つのものだったから。
でも・・・・

ユウラの言葉が途切れた。口元を押さえて嗚咽をこらえるユウラの肩をラキが抱き寄せた。

「ゼウスがその傷を癒したんだ」
「なに」
「色々と省いたんだけど、なんで俺が地獄界からここにいるかわかってる?」
「・・・・・・・いや」
「ルシファーが反逆してから少しして、ゼウスは階級制度を作った。下位、中位、上位と天使にランクをつけたんだ」


もともと天界の天使たちにランクはない。だが、ランク付けがされたことによって、天使たちの間に憎しみが生まれた。
天界は少しずつ変わっていったんだ。
そんなとき、上位天使の中から"六聖獣"を選ぶという話が持ち上がった。候補として選ばれたのは、ゴウ、レイ、シン、ガイ、ユダ、ルカ、キラ、マヤ、シヴァそしてユウラだ。
お前たちだよ。あぁ、何も言わないでくれ。俺が話し終えるまでは。
キラとマヤはハーフ天使ということに負い目を感じて下界におりた。そしてシヴァとユウラをのぞいた六人が六聖獣と呼ばれるようになり、地上の獣達を統治することになった。
そして、ゼウスの気に入らない天使たちの粛清も始まった。
お前たち二人はゼウスに反逆することに決めたんだ。そして、ものの見事に負け、地獄へと封印された。俺がすぐに封印を解いたけどな。
六聖獣は四聖獣になった。残りの四人もまたゼウスに戦いを挑んだ。それがのちに破滅の日と呼ばれるようになる日だ。
ユウラはな、もう誰も喪いたくなかったんだ。ルシファーを喪って、お前たち二人を喪って、もう、ユウラの心はボロボロだったんだ。
ユウラには未来が見えていた。四聖獣が負け、封印されることを知ったんだ。だからもう、誰も喪わせはしまいとして、自分の力を最大限にまで解放して運命をめちゃくちゃにしたんだ。

美しい銀の大羽。それが一度に六対輝くのは圧巻だった。
地獄から天界へ来たラキも息をのんだ。だが、ユウラの望みはその命さえも脅かした。


運命を変えるためにユウラは三対の翼を失い、俺も一対失った。運命は変わったんだ。四聖獣は封印されることなく、お前たちも地獄から戻ってきた。
でも代わりに失ったものは多かった。俺とユウラ、下界にいたキラとマヤ、地獄にいたルシファー以外の天使や神々の記憶は破滅の日以前がすべて消し飛んだ。
ユウラは泣いたよ。泣きつかれて、魂がなくなったような顔するまで。
やっとのことで戻したけど、ユウラの望んだ世界はなかった。でもユウラは必死でお前たちを守ろうと奮闘したんだ。
神官に召し上げられたレイとシンを自分の側仕えにしてゼウスに触れさせないようにしたり、記憶を失って友ということも忘れたお前たちを引き合わせたり・・・・ユウラはずっとお前たちのことだけを考えたんだ。
でもユウラって無理するとストレスためる性質だから、地獄に舞い戻ってあるやつに頼みごとをしてきたんだよ。ユウラにあってやれってな。
そっ、ルシファーだ。まぁ俺が地獄と天界を行き来できるのは放っておけ。で、ルシファーが俺の作った特製の道で天界まで来た。本当は違法なんだぜ?
ルシファーに再会してからユウラは無茶苦茶元気になってさ、俺も嬉しかったんだ。だから、何度でも会えるようにってユウラの傷をルシファーが会うための目印にしたんだ。
だから、わかるか?傷がなければユウラはルシファーに会えないんだ。

ユダとルカはユウラがあそこまで絶望に覆われていた理由がやっと理解できた。
二人だってレイとシンに会えなければ、同じようになってしまうだろう。

「ゼウスは記憶をなくしているから仕方ないんだ。でも、こいつにとっては仕方ないですまされることじゃない」

ラキはユウラを抱き締めた。ユウラの嗚咽は中々収まらない。

「戻るか」

ラキがたずねるとユウラはうなずいた。ラキはユダとルカに目をむける。

「悪いな。今日はこれまでだ。何かあったら、女神の懐に来るといい」
「どこだ、それは?」
「あぁ、そうか、知らないんだよな。ルウ、案内できるか」
「できるよ。でもいいの、ラキ」
「あぁかまわない」

ルウがユウラの肩から飛び降りる。肩のものは神官の肩でしか生きられないはずである。
が、ルウはとてとてと二人のもとにやってくると目を細めた。

「どっちにつこう?」
「どっちでも。どうせ二人で行動することが多いだろうから」
「うん。じゃぁこっち」

ルウはユダの肩に飛び乗ってそのまま姿を消した。ラキはそれを見るとユウラを抱えあげる。

「俺たちは戻るな。昼間は俺親衛隊のほうだけど、夜は時々ユウラのそばにいるから」
「ラキ、待って・・・」
「ん、どしたユウラ」
「ユダ、ルカ・・・・・」
「なんだ?」
「今の話を聞いてもあなたたちは私を友を思ってくれますか」
「当たり前だろう。ユウラは俺たちの大事な友だ」

ユウラの瞳から涙が一筋流れた。嬉しそうに微笑んだユウラは、ラキに抱きかかえられ、空へと舞い上がって行ったのであった。